■坂本は自己ベスト更新
大技は入れないぶん、スピード感あふれる滑りとジャンプで得点を稼ぐ作戦。そのかわり微塵(みじん)のミスも許されない。演技を終え、抜け殻のようになって会場を見渡した。
「自分ができることは、やり切りました」
自己ベストを更新し、その時点で2位。続くアンナ・シェルバコワ(17)が首位に立ち、最終滑走のワリエワを迎えた。
大きく息を吐いて、ポジションに立つ。曲は「ボレロ」。今季、世界最高点を3度更新した、代名詞ともなる作品である。ところが冒頭から3本のジャンプでミスが続く。無表情のワリエワは、壊れかけた人形のように淡々とジャンプを跳び、後半の4回転でも転倒した。演技を終え、両手で顔を覆った。
キス・アンド・クライでは、エテリ・トゥトベリーゼコーチが肩を抱く。金メダル確実と言われた15歳は、悲しく散った。
■チームメートを慮る
会見ではワリエワへの質問が相次いだ。「演技を見ているのが痛々しかった」と言う坂本に、シェルバコワも「重圧がかかっているのが分かりました。私が思っていることは直接伝えます」とチームメートを慮(おもんばか)った。
結局、ドーピング問題は解決せずに競技は終了。団体戦のメダル授与も先延ばしのままだ。特例的な出場で、かえってワリエワの心も傷ついただろう。疑念と同情からは何も生まれない。この競技と選手の未来のためには何が良かったのか、胸が痛くなる夜だった。(ライター・野口美恵)
※AERA 2022年2月28日号