下重暁子・作家
下重暁子・作家
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、無理をしない大切さについて。

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 このところ体調不良である。熱はないし、もともと低体温なのだが、三十五度台のことも多い。

 薬をもらっているクリニックの医師も話を聞いてはくれるが、これといった診断はない。強いていえば、自律神経失調症といったところだろうか。一番困るのが夜眠れないこと。軽い安定剤は常用しているが、それも効きにくい。

 春先は毎年調子が良くないところへコロナの感染が増えつづけ、ワクチンの三回目も打てないでいることもある。

 こんな時、私は、サガンのことを想い出す。愛ロミオが死んで一周忌に、マンションの入り口で私を待ち伏せていた猫。

 うちへ来て五年目位に何も食べなくなったことがある。医者に連れていったし、食物を無理に口に入れても吐き出すし、水だけを綿に含ませて五日間、すっかり軽くなって、うずくまったまま動かない。

 心配で時々見に行くが、いつも同じ。ひょっとしてこのまま……と悪い予感もよぎった。そして六日目の夜、「ニャア」と小さく鳴いて私の後をついて来た。キッチンで試しにキャットフードを皿に入れると、「食べた!」。すぐつれあいに報告、そこから少しずつ回復をはじめた。

 猫は体調の悪い時は動かない。自分の傷は自分でなめて治す。余分な力を使わず、じっとして体の声に耳すませ、もとへもどるのを待っている。私もそれ以来、具合の悪い時は、よほどの症状のない限り、じたばたせずにじっとしている。自分の中の回復力を信じて。

 今回もサガンを真似て、外に出かけず、本を読んだり好きなクラシックを聞いたり。

 北京オリンピックもテレビで見るが、全力でがんばっている選手を見ると、くたびれてしまう。悲愴感に溢れていて……。特に優勝候補だったり、メダルが期待されながらうまくいかなかった選手たちがあまりに健気であることが気になる。本当は悔しいだろうに、自分のミスは自分が一番わかっているだろうに、まずこれまで世話になった人々、協力者やボランティアに感謝する。

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