人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、小説『カティンの森』について。
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ニュースを見聞きするたびに辛くなる。ロシアによるウクライナ侵攻はますます激しく、その正体を見せはじめた。市民を巻き添えにした大量虐殺である。ブチャなどいくつかの都市、南東部のマリウポリでは、化学兵器の使用の疑惑も持たれている。
その画面を見るたびに、閉館を決めた岩波ホールで見た、ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の「カティンの森」のおぞましく暗い画面と重ねてしまう。
第二次世界大戦中にソ連軍の捕虜になったポーランド人将校や知識人ら一万数千人がソ連内にあるカティンの森で秘密裏に処刑(虐殺)された事件を元にしたアンジェイ・ムラルチクの小説を映画化した作品である。
私は映画を見ると必ず原作を読む。いや、逆に小説が先で映画が後のことも多い。するとさまざまな細部が描き出され、私の中で腑に落ちることが多いのだ。コロナが流行し、頂点を迎えた頃、私は再びカミュの『ペスト』を読み直した。当時の人々の心の動きや狼狽ぶりなど、専門家の話よりも納得した。
今回のロシアによるウクライナ侵攻についても、小説『カティンの森』を読むことでわかったことが多い。
集英社文庫の『カティンの森』は二〇〇九年の秋に出版されている。
ソ連の収容所内からカティンの森に連行され、虐殺された将校の中にフィリピンスキ少佐がいた。小説に描かれるのは、少佐の妻と娘そして少佐の母。彼女たちは少佐の帰還を信じ、待ち続けた。少佐が最後までつけていた日誌や遺品だけを頼りに。その中から少しずつ真実が姿を現す。
当初、この虐殺事件はナチス・ドイツの仕業だと信じられていた。
ナチス・ドイツとソ連は一九三九年に不可侵条約を結び、ポーランド分割を密かに決め、ドイツが西から、ソ連は東からポーランドに侵攻。ソ連の捕虜になり、ソ連各地に収容されたポーランド人将校ら一万数千人が、翌四〇年に虐殺されカティンの森など三カ所に埋められたとされる。ナチス・ドイツに罪をなすりつけて、事実はソ連の犯行だったのである。