「情報弱者」という言葉を私は好まないが、自分が日頃接し、そこでは事実が報道されていると信じているメディアとは違うところに(例えば、ネットや海外メディアに)「そこに報道されていない事実」や「それとは違う事実」が報道されていることを「知らない」人については、やはり「情報弱者」という形容がふさわしいだろう。
「メディア・リテラシー」とは「どの情報が正しくどれが虚偽であるかを判定できる能力」のことではない。すべての論件についてそのような能力を発揮できるような「超人」は私たちの中にはいない。私たちにできるのは、とりあえずは自分が日常接しているメディアが伝えてくる情報とは「違う情報」が並列的に存在すると認めることである。それらの情報をテーブルの上に並べてから、そのうちのどれが事実に基づき、適切な推論をしているかを一つ一つ吟味すること。そこからしか、次の議論は始まらない。
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
※AERA 2022年8月1日号