ミッツ・マングローブ
ミッツ・マングローブ
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 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「元首相の死」について。

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 政治家や権力者が殺される時によく使われる「暗殺」という言葉がありますが、此度の悲劇はそれ以上の後ろ暗さと気味の悪さを覚えるものでした。

 白昼堂々、完全に姿を晒した状態で、呆気ないぐらい簡単に、その男は日本の元首相を殺しました。しかも、かなり飛躍した逆恨みの末に。本当の闇というのは、陰で渦巻く謀略なんかではなく、普通にお天道様の下の営みの中に潜んでいるものなのだとつくづく感じた次第です。

「安全な国であるはずの日本で……」といった動揺が内外で見られますが、むしろ「非銃社会」がある種のアイデンティティである日本だからこそ、「高精度の銃を手製で作る」などという執念を育ませてしまったのかもしれないわけで、平和と安全を何よりも最優先してきたこの国に考えられ得た最悪のシナリオが実現されてしまったと言えるでしょう。「不便さ」と「執念」ほど人を突き動かすものはありません。そこへ来て「ネット」という最強の利器が、その執念を叶えてしまった。

 安倍さんが銃撃されたのは7月8日金曜日の午前11時32分。私はまだ寝ていました。しかし11時45分前後にはニュース速報がスマホに届き、その着信音で目が覚めました。テレビをつけると、ほどなくしてほとんどの番組が安倍さん一色に。選挙応援演説中の銃撃だったため、現場に報道関係者が居合わせていたこともあり、事件の衝撃とは別に、情報伝達と中継の速さに驚きました。しかし調べてみたところ、1963年にアメリカのケネディ大統領がパレード中に狙撃された際にも、発生から10分以内に速報が流れています。

 ではいったい何が衝撃的だったのか。それはやはり一般人が撮影した画像や動画があまりにも多かったことです。今やあらゆる報道の素材として「一般画像・動画」は不可欠なもの。ある意味、ネットやSNS時代を象徴する「革命」とも言えます。これまでにも自然災害時などで役立ってきましたが、よもやこのような事件でそれを痛感するとは思ってもみませんでした。

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