落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「金」。
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『金(きん)』と聞くと、落語家の脳裏には二つの符牒が浮かびます。今はあまり符牒自体使いません。例えば「扇子」を「カゼ」、「手拭い」を「マンダラ」……なんて若手落語家は使いませんから、物知り顔の一般人が「カゼ」「マンダラ」なんて言ってるのを聞くとなんかムズムズします。外の人が使って、我々が使わない符牒なんて本末転倒ですね。
「お客様」のことを「金(きん)ちゃん」と言います。楽屋で「きんちゃん、何人いる?」なんてなかんじ。お金をくれるから「きんちゃん」。
もう一つ。主に仲間内の「変わった人」……「空気を読めず、モノがわからず、非常識で、トンチンカンなことを言い、かつ悪気も無く周囲をイラつかせる人」……まぁ安直にいえば「馬鹿」と称されがちな人を我々は「キン」と呼びます。これはかなり侮蔑的な呼称ですので、面と向かって真顔で「お前『キン』だな」と言うと喧嘩です。気をつけましょう。ただ「お前『キン』だなー」「勘弁してくださいよー(笑)」みたいなやりとりが出来る「カジュアルなキン」もいます。そんなキンは愛嬌があってマスコット的存在ですが、本物の純度100%な「キン」は当人に指摘出来ません。どの世代にも一人はいるので、楽屋で前座さんに「どう? 最近前座の『キン』いる?」と尋ねるとみな顔を見合わせて「言っていいのかな?」という空気。「キン」は腫れ物です。「○○、ですかね……」「へぇ、意外だねぇ」と返すと、出てくる出てくる「キン」エピソード。同じ空気を吸っていないと「キン」は伝わりにくいのです。「キン」の語源はよくわかりません。お客様を称す「きんちゃん」とは関係あるのでしょうか? ひょっとしたら「お客様(きんちゃん)」=「素人・一般人」=「落語家の価値観で測れない得体の知れない人」=「キン」なのかもしれません。とかく落語家は落語界外の人を警戒する傾向がありますので……。