写真家・有元伸也さんの作品展「Tokyo Debugger, Complete」が11月10日から東京・四谷のTOTEM POLE PHOTO GALLERYで開催される。有元さんに話を聞いた。
今回の写真展のテーマは「虫」だ。会場には2010年から撮り続けてきた虫の作品をずらり、100点ほど展示する。
虫というのは地球上でもっとも繁栄している生物だそうで、その数、なんと約100万種。しかも、恐竜の時代よりはるかに古い、約4憶年前から虫たちは生きてきた。
「だからぼくは、彼らのことを『虫先輩』と呼んでいるんです。地球は人間の惑星というより、圧倒的に虫の惑星なんです」と、有元さんは茶目っ気たっぷりに説明する。
奥多摩駅に着くと「虫レーダー」スイッチオン
ちなみに、作品タイトルにある「Debugger(デバッガー)」というのは、プログラムの不具合、通称バグ(虫)を取り除く作業で使うソフトウエアのこと。
「ぼく自身、ホームページをつくるときにデバッグ作業をするんですけれど、膨大なプログラムコードの中からバグを見つけ出す作業はしんどい。でも、バグを見つけられると『ああ、これか!』みたいな爽快な気分で、それを東京都内で虫を探して、見つけたときの感覚に合わせた、という感じですね」
撮影に通ったのは東京都西部の奥多摩地域。ルーチン化したコースがいくつかあり、そのうちの一つが奥多摩湖。夕方、奥多摩駅に着くと、バスに乗り換え、奥多摩湖畔の深山橋で降りる。ここは「東京の終点みたいなバス停。東京を出ないという、自分の中に縛りがあるんです」。深山橋から虫を撮り歩きながら奥多摩駅に戻り、始発電車で帰宅する。ほかにも「奥多摩駅に終電で行って、青梅駅まで歩くとか。いろいろなパターンがあります」。これを夏の間、「2日か3日に一回ペースで」繰り返す。
でも、虫を撮るだけなら、そのへんの公園でもいいような気がするのだが。なぜ、わざわざ奥多摩へ?
「いわゆる『撮影のスイッチ』が入るんです。虫の姿なんて、日常は視界に入ってもあまり気にしないんですけど、電車でゴトゴト揺られて奥多摩駅に着くと、『よっしゃー!』みたいな感じで『虫レーダー』のスイッチが入って、虫の姿が見え出す。そこで写真家の目になるというか、そういうふうに切り替えないと、撮れないですね」
「等倍ゼンザノン」をつけるために買ったカメラ
愛用のカメラは真四角なフォーマットのブロニカSQ-Ai。これは「レンズを使うために買ったようなものです」。
そのレンズというのが中判カメラ用としては唯一無二の拡大率を誇るZenzanon PS 110mm f/4.5 MACRO 1:1。通称「等倍ゼンザノン」。
「これにワインダーとリングストロボをつけるから、かなりのヘビーウェイトです。山の中を歩いていると捨てたくなる」
その重いカメラをすばやい虫の動き追うため、手持ちで使う。絞りはピントの合う範囲を広くするため、f32くらいまで絞り込む。ただ、もっとピントの幅に厚みのある小さなフォーマットのカメラを使ったほうが効率よく虫を撮影できると思うのだが。
「作品づくりにおける道具選びの信条というのは、便利とか、楽とかじゃないないんですよ。これまでずっと6×6のブローニーサイズのモノクロフィルムで撮ってきたので、被写体を変えるからといって、フォーマットを変えることはあまり考えなかった。それに、虫を撮っているわけじゃないんですよ」
よくわからない。目の前のプリントに写っているのは確かに虫だ。それはどういうことなのか?
「今までずっと人を撮っていたけれど、それが虫になっただけの話。(並行して撮っている『TOKYO CIRCULATION』では)『新宿』というものを一つの生態系に見立てて、その中に存在する生きものとして人をとらえているところがあった。同じ東京で、われわれとは違う外観と生態を持った虫という生きものがいる。だから、これは昆虫写真ではないんです。たまたま自分が表現したい世界の中に虫がいた、ということなんです」