10畳一間の会場で喋ってると、客席の後方のドアの隙間からこちらを覗いている主。再度脱出。誰も主に気づかず、私とだけ目が合う。「……」しばらく聴いていたが、そのうち楽屋に戻っていった。まるで高座袖に後輩の噺を聴きにくる先輩噺家のよう。一席終わって楽屋に戻ると、主はソファの上。「お先に勉強させていただきました」「ニャー(おつかれー)」主は、いいとも悪いとも言わない。
通ってるうちに何となく顔馴染みになっていくが、10年以上も会が続くと主が代替わりした。在りし日の先代の写真が飾られて、新しい主がこちらを訝しげに見ている。扇子を差し出すと、一目散に逃げていった。ただ、私の落語を聴く時間は先代より長い。「いかがでしたか?」聞いてみると「フー!」と怒る主。あー、そーですか。勉強し直します。来年もよろしく。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!
※週刊朝日 2022年12月23日号