落語家・春風亭一之輔さんが週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「猫」。
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ときどき、猫の居る楽屋がある。
以前この「猫」回でも書いたが、浅草演芸ホールにはジロリという名の猫が「ネズミ退治」という命を受け、飼われている。日中は「テケツ」と呼ばれるチケット売り場でゴロゴロしているが、終演後は場内に放たれてパトロールをしているらしい。終演後なので芸人は誰も見たことはないのだが、かなりの実績を上げているらしいジロリ。いまだ現役で活躍中です。
寄席とは別に、お客さんは身内だけという小さな落語会に呼ばれることがある。だいたい主催者の自宅の居間が会場で、その家の客間や子供部屋が私の楽屋に使われる。
そんな落語会、だいたい楽屋に猫、居がち。
初回はきまって「一之輔さん、猫アレルギーとか大丈夫ですか?」「ないです」「良かった……この部屋には入ってこないようにしてありますんで」なんてやりとりをしてからお邪魔をする。仕切りの向こうに「主(あるじ)」が居る気配がするので、ご機嫌を損ねないよう細心の注意をして楽屋(客間)で待機。お茶を飲み、ふと脇を見ると主が座っている。わぁっ! 初回はかなりの確率で、主はガードを突破してくる。「○○ちゃん、脱出してますよー!」と主催者を呼ぶと「あらー。どっから出ちゃったのかな?」と主、強制送還。主、恨めしそうな目でこちらを見ている。
ちと、申し訳ない。柵のこちら側からアプローチをしてみる。「どうも」「……」「すいませんです。急に来ちゃって……」ふて寝する主。「私は落語家です。あなたのご主人にはいつもお世話になってます」「……」「落語、聴いたことあります?」「……」主は無言。扇子を差し出す。警戒しつつ、臭いを嗅ぐ主。「むっ?」というような表情。扇子の要のあたりは、煙草を吸ったり、蕎麦を食べたり仕草で口に含む部分。くさいのだろうか? 聞いてみる。「くさい?」「……」「くさくない?」「……」無言のまま、舐めた。また舐めた。どうやらまんざらでもない様子。主はお気に召されたか。ペロペロ。自分が口にする部分をよそんちの猫に舐め回されるのは気が引ける。まぁお互いさまか。「これは商売モノなもんで」と取り上げると「ニャー(えーいーじゃん)」と睨んだ。