失敗談は多い。冬。鐘つきシーンの撮影まで時間があり、参道の天ぷら屋で待機していた。店主の勧めで体を温めようとブランデーを飲んだが、酔っ払ってしまい、オーバーな演技となってしまった。帰りのタクシーの中で山田監督からこんこんと説教された。

 憧れの嵐寛寿郎と第19作「寅次郎と殿様」(77年)で共演したときは殿様役の嵐をリヤカーに乗せ、走る場面を演じた。

「蛾次郎、もっと速く」と山田監督。何回もやり直す。後ろから「辛抱せいよ、辛抱せいよ。役者は辛抱だよ」と声が聞こえた。嵐だった。

 その後、さまざまな映画やテレビドラマに名脇役として活躍したのは寅さんシリーズでの経験が大きかったのだろう。味わいのある昭和の役者がまた一人旅立った。(朝日新聞編集委員・小泉信一)

週刊朝日  2022年12月30日号