初めてフェイスブックを使ったとき、「これは過去への回覧板だ」と感じた。登録した途端、先月会ったばかりの人から30年近く音信のなかった人まで、私の過去に関わった数百の知人から「友達リクエスト」が届いて驚いた。そこは、油断するとすぐに「あの頃」に引きずりこまれる世界だった。

 燃え殻の初の小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、主人公のボク43歳が、かつての恋人にフェイスブックの友達申請をするところからはじまる。彼女は〈間違いなくブス〉だったが、ボクにとっては唯一、〈自分よりも大切な存在〉だった。こうして過去とつながってしまったボクの、彼女との出会いから別れまでがハードボイルド風に、短い文章の連なりでリズミカルに描かれる。

 1995年、アルバイト求人誌の文通欄をきっかけに彼女と知りあったボクは、生まれて初めて頑張りたいと思う。誇れる学歴も職歴もない若者は奮起し、六本木にあるテレビ業界末端のあやしい会社の社員となって必死で働く。偏った美意識を持つ彼女だけが心の支えだった。

 二人が別れる99年までつづくボクの回想は、どこを読んでもセンチメンタルな気分に満ちている。彼女がいない人生にも慣れ、妥協や挫折も呑みこんでどうにかやりすごしてきたのに、フェイスブックで封印していた記憶が蘇り、フェイスブックのなかった時代の、冴えないけど必死だった「あの頃」に引きずりこまれたからだ。「あの頃」にくらべたら、たしかに今は燃え殻かもしれない。

 この時代の中年男が喜ぶ、瘡蓋を剥ぐような抒情にあふれた恋愛小説である。

週刊朝日  2017年9月8日号