
甲子園が遠いのはブラスバンド部だけではない。沖縄の一般生徒にも遠い。私が2006年の選抜に初出場した石垣島の八重山商工を密着取材していたとき、話を聞かせてもらった女子生徒が夏のアルプスにいたのに驚いた。
「夏にも絶対に甲子園に出てくれると思って、コンビニでアルバイトして貯金していたんです。友だち3人と来て、大阪の親戚の家に泊めてもらっています」
はにかみながら話してくれた彼女を見て、(これもう、甲子園に「出場」してるやん)と思った。グラウンドで野球やってるかやってないかだけの差で、この子は甲子園に出ている。
考えてみれば、アルプスで応援したくて校内オーディションを受けて合格し、毎日水を入れた500ミリリットルのペットボトルをポンポンに見立てて練習してきたチアリーダーの子もいた。石垣島の子のように、アルバイトで貯めたお金で来た生徒も多いだろう。あの子らも出場している。市立尼崎のブラスバンドなんて何年連続の出場かわからないくらいの強豪だ。甲子園はグラウンドでプレーしている選手だけでなく、アルプスの高校生にとっても晴れの舞台なのだ。
「ハイサイおじさん」を楽しみにしているのはファンだけでなく、恐らく日大三のエース、近藤優樹投手もそうではないか。今大会、彼はピンチになるたびにマウンド上で相手アルプスの応援歌を笑顔で口ずさむシーンがよく見られた。「ハイサイ……」は口の動きがわかりやすそうなので、口ずさむかどうか、決勝の見どころのひとつとしたい。

車イスの男性に野球部員が生解説
日大三のアルプスでも、私は忘れられない情景が心の中に残っている。
第87回大会(2005年)、第13日の第2試合、日大三は宇部商(山口)と準々決勝を戦っていた。私はその試合を日大三のアルプスから観戦していた。応援団席からわりと離れた席に、車イスの男性と付き添いの方が現れた。アルプスでは吹奏楽部員をファウルボールから守るために、控えの野球部員がグラブをはめて立って警護する決まりがあるのだが、その男性が現れると、警護役の部員がすっと走り寄って男性のそばに立った。恐らく万が一に備えたのだろう。
男性は恐縮しながら、感激が抑えられない。銀傘があるネット裏ではなくて、暑いアルプスに来るなんて、相当な高校野球好きだろう。しかもユニホームを着た選手が自分専属で来てくれたのだ。お互いおずおずしたあいさつで終わり……と思いきや違った。選手がすっごいしゃべる。
「あの先輩は練習では厳しいけれど寮では優しい」
「あの投手はスライダーが武器で、めっちゃ曲がります」
なんと解説を始めたのだ。男性も興奮し、そばで聞き耳立てている私も面白い。せっかく来てくれたことへのサービス精神だろうが、男性にはこたえられない観戦経験になっただろう。
ファインプレーはグラウンドの中だけではない、アルプスにもある。
(ライター・神田憲行)
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