これはいったいどうしたことか。ふたりの足跡を追う旅は、早い段階から、カルト宗教や初期のUFO騒動などといった怪しげな出来事や都市伝説とも連動していく。さらには戦時下に行われていた量子の不確定性理論に基づく秘密実験も登場する。この架空の実験風景は原子爆弾開発研究が下敷きになっているだろう。

「歴史」の端々に、エキストラのような匿名性を帯びて登場するトムとベンには、どんな秘密が隠されているのか。彼らは不死人なのか。それとも時間旅行者か。隠れた恋人同士の人生を知りたいという、ささやかな調査のために集めはじめた資料をつなぎ合わせていった先に、宇宙構造にかかわるような「謎」と答えの断片が浮かび上がってくる。

 また語り手が偶然に見つけた詩集もまた、特別な存在であったらしい。検索するとその本は欧州の本屋にポツリポツリと点在しているのだが、不思議なことに売ってはもらえない。何らかの理由で、店頭の定められた位置に置いてはおくが、決して売ってはならないものと、だいぶ以前から古本業界の特殊ルートの指示が出ていたらしい。いったい誰が、何の目的でそんな奇妙なルールを作ったのか。

 英国やアイルランドの文化風土を背景に、様々なSF作品やシェイクスピア、そしてなによりジョイスの『ユリシーズ』からの引用をふんだんに織り込んで、物語は進む。そこには意識の流れ、時間のねじれ、そして多くの人々の運命をのみ込みながら、繰り返されてきた戦争という人災の濁流があり、多くの謎と時代が去来する。

 過酷な運命に見舞われても、人は他人を愛し続けることができるのだろうか。もしそうだとしたら、それは人類に残された微かな希望なのかもしれない。

週刊朝日  2023年1月20日号

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