全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA2025年1月13日号には中村活字 代表取締役 中村明久さんが登場した。
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東京・銀座の路地裏に、今ではめっきり少なくなった活版印刷店がある。創業1910年の「中村活字」だ。その5代目として活字の文化を守り、伝えている。
活字は、鉛が主成分の合金で作られた方柱の字型。店内には天井まである棚の中に、縦横がミリサイズの活字がぎっしりと敷き詰められている。漢字、ひらがな、カタカナ、数字、ローマ字……。その数はおよそ20万本に及ぶ。
この中から印刷したい文章や言葉を一字一字拾い、枠の中で丁寧に組んでいく。全体のレイアウトを考えながら字と字の間のスペースや行間、余白には「込め物」と呼ばれる道具を差し込む。こうして組み上げたものが印刷するための版になる。
「字と字の間隔や行間によって名刺の雰囲気が変わるので、込め物を入れる作業はとても大切なんですよ」
版を印刷機に固定したらインクをつけて圧力をかけ、紙に刷っていく。紙の厚さによって仕上がりは全く異なるため、圧力のかけ方に微妙な調整が必要になる。
以前は伝票や封筒などを手がけていたが、ここ何年かは注文の多くが名刺の作成だという。フリーランスや大学教授、文筆家など幅広い職種の人から依頼が相次ぐ。基本的には店で相対してレイアウトや字体を決めていく。
「初めて会った人に渡す名刺は第2の顔のようなものだから、納得できるものを丹精込めて仕上げています」
これまでに作った数え切れないほどの名刺はすべて丁寧にファイルに収めている。同じものは一つもない。分厚いファイルをめくって見返すと、一人一人の顔が浮かび、人柄を思い出すという。
「そんなお客さんたちの多くが、うちで作った名刺のおかげで仕事がうまくいったとか、出世したとか言ってくれてびっくりしちゃう。SNSや口コミとかで広がり、新しいお客さんが店を訪ねてくれる。縁が縁を呼ぶというか、本当に不思議だね」
オフセット印刷やデジタル印刷が台頭し、活版印刷は衰退の一途をたどってきた。スピードが重視される時代に営業は続けられるのかと本気で悩んだ時期もあったというが、「今は続けてきて本当によかったと思う。こんなに多くの人とつながれたのは活版のおかげだからね」。
(ライター・浴野朝香)
※AERA 2025年1月13日号