悪質な繁殖業者のもとで毛玉と糞尿にまみれ、脚腰がたたなくなった繁殖犬たちを目の当たりにしたときには、心の底から怒りがわきました。「引き取り屋」の薄暗い、ホコリだらけのプレハブ小屋のなかで、狭いケージのなかにうずくまる猫を見たときは、ひどく悲しくなりました。遺伝性疾患を発症した2匹の柴犬に出会ったときは、その理不尽さに震えました。取材相手を面と向かって非難したくもなるし、せめて少しは改善するよう説得したくもなりますが、それは私の仕事ではない……。感情をおさえ、相手の言い分に耳を傾け、ノートにペンを走らせました。
そうした取材を通じ、これまで朝日新聞やAERA、週刊朝日など様々な媒体に記事を書いてきました。本も何冊か、世に出しました。ただ、悲惨な環境にいた犬たち、猫たちはもう、生きていない可能性が高い。救いの手を直接さしのべられなかったいくつもの後悔が、心のなかに重くつみかさなっています。それでも、取材の成果を世に問うてきたことで、彼ら彼女らの犠牲に少しくらいは報いることができたのではないかと、信じたい自分がいます。
この5、6年で日本のペットを巡る環境はずいぶん良くなったと思います。特に法制度の面では19年の動物愛護法改正により、幼い子犬・子猫の心身の健康を守る「8週齢規制」が導入されました。繁殖の現場で酷使される繁殖犬・猫の飼育環境を改善するための、数値規制を盛り込んだ「飼養管理基準省令」も施行されました。これまで遅々として進まなかった、悪質業者の改善・淘汰につながるはずです。
ただそれでも、課題はまだ山積みで、改善の余地が随所にあります。ペットビジネスはあちこちがブラックボックスに覆われたままです。そこには、苦しむ犬たち、猫たちが数多く取り残されています。
こうした現状を打破するカギを握っているのは誰か――。これまで動物愛護や動物福祉の問題に関心を抱いてこなかった、一般の飼い主たちではないかと、私は考えています。犬猫をはじめとしたペットの「かわいさ」だけを一方的に消費するその姿勢が、ペットビジネスに闇が存在し続けることを助長してしまっています。この層が変われば、闇を過去のものにできるのではないでしょうか。
変化の兆しはあります。新たに犬や猫を飼おうというとき、保護犬・保護猫を選択肢として考える人が増えてきているのは、その現われの一つでしょう。でもまだ大多数の人が、背景に何があるのかを考えずにペットショップに足を運んでいるのです。こうした人たちにこそ、本書『猫を救うのは誰か』が届いてほしい。そう願っています。
※「一冊の本」2024年10月号より