「スタートの時に前輪が浮いてしまうクセがあって、ひざの位置が高いなという感覚があった。それで、ポジションを少し後ろにして、重心の位置を低くしました」
小野寺は4歳の時に急性脳炎を発症し、両脚が自由に動かせなくなった。両腕にも若干のまひが残る。それが小野寺の弱点だった。スタートの時は、両腕の力をバランスよくタイヤに伝え、進行方向に向けて強く押し出さなければならない。腕にまひが残る小野寺には、バランスよく両腕に力を入れることが難しい。ポジションを後ろにしたのは、重心を下げることで、車体の「ブレ」をコントロールしやすくするためだった。
だが、車いすレースの選手にとって、ポジションの変更は容易なことではない。「慣れていないところもあるけど、うまくいくことは増えている」(小野寺)と手応えを感じながらも、本番までに必死の調整が続く。
パリ大会の目標は、自己ベストの18秒46を更新すること。スタートの課題をクリアすれば、トップスピードの速さは世界のライバルに負けないものを持っている。
「練習の感触では、スタートも含めてうまくいけば自己ベストを超える自信はあります」
自己ベストを更新した時、それは小野寺が世界の壁を一つ越えたことを意味する。(フリーランス記者・西岡千史)
※AERA 2024年9月2日号