「陸上競技場が大好き」と語る小野寺萌恵は、地元、岩手県にある陸上トラックで練習を積み重ね、着実に実力を伸ばし、パリへの切符を手にした(撮影/越智貴雄)

「スタートの時に前輪が浮いてしまうクセがあって、ひざの位置が高いなという感覚があった。それで、ポジションを少し後ろにして、重心の位置を低くしました」

 小野寺は4歳の時に急性脳炎を発症し、両脚が自由に動かせなくなった。両腕にも若干のまひが残る。それが小野寺の弱点だった。スタートの時は、両腕の力をバランスよくタイヤに伝え、進行方向に向けて強く押し出さなければならない。腕にまひが残る小野寺には、バランスよく両腕に力を入れることが難しい。ポジションを後ろにしたのは、重心を下げることで、車体の「ブレ」をコントロールしやすくするためだった。

 だが、車いすレースの選手にとって、ポジションの変更は容易なことではない。「慣れていないところもあるけど、うまくいくことは増えている」(小野寺)と手応えを感じながらも、本番までに必死の調整が続く。

 パリ大会の目標は、自己ベストの18秒46を更新すること。スタートの課題をクリアすれば、トップスピードの速さは世界のライバルに負けないものを持っている。

「練習の感触では、スタートも含めてうまくいけば自己ベストを超える自信はあります」

 自己ベストを更新した時、それは小野寺が世界の壁を一つ越えたことを意味する。(フリーランス記者・西岡千史)

AERA 2024年9月2日号

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