立憲民主党の野田佳彦元首相

 たしかに民主党政権を生み出した09年の衆院選では、共産党の「候補擁立の自粛」は助けになった。共産党は03年の衆院選では小選挙区と比例区を合わせ316人を、05年の衆院選でも292人を擁立した。しかし09年の衆院選では171人と大きく数を減らし、結果的に民主党の大勝を導いている。

 ただ、当時の民主党は「大きなかたまり」だったが、現在の立憲民主党はそうではなく、より大きくなろうとすれば、国民民主党や日本維新の会との連携が必要になる。彼らは共産党に対して距離を置く姿勢を崩していない。泉代表がかねて共産党とパイプを作ってきたのなら別の話になるかもしれないが、そういう様子も見られない。

衆院選で引責辞任した枝野前代表が次期衆院選で党の顔に?

 21年の人事の件に加え、こうした泉代表の行動も小沢氏の癇に障っているのだろう。小沢氏にとって枝野前代表は「09年の政権交代を実現させた同志」といえるが、03年に初当選し、鳩山(由紀夫)政権で内閣府大臣政務官を務めたにすぎない泉代表は「同格」ではない。また50歳になったばかりの泉代表が再選されれば、幹部の若年化が固定化されかねない。これは民主党政権で閣僚を務めた人たちにとって、あまりうれしくない話だろう。

 小沢氏は野田元首相にも接近し、7月19日と31日に会談した。25日には赤松氏と面会し、30日には枝野前代表とも懇談した。あたかも「対泉包囲網」を小沢氏が作ろうとしているかのようにさえ見える。

 もっとも小沢氏が枝野前代表に会ったからといって、小沢氏が枝野前代表を支持するとは限らない。小沢氏が率いる一清会からは、「21年の衆院選で引責辞任した枝野前代表が、次期衆院選で党の顔になろうとするのはいかがなものか」と批判する声も聞かれる。

立憲民主党の党内グループ「一清会」の臨時会合を終え、記者団の取材に応じる小沢一郎氏=2024年8月6日、国会
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2009年の民主党時代とは状況が違う