――4月9日に日本銀行の新しい総裁に植田和男氏が就きます。
私は1982~99年まで日銀で働き、その後、大学に移ったのですが、いま勤めている東京大学で植田先生と同僚でした。なので、非常によく知っている方です。植田先生は実際に起きている事象をきっちり見て物事を考えるタイプ。ここ1、2年、日銀が筋道立てた説明ができていないという批判を受けていましたが、その点、植田先生は心配ないと思います。
――どういった政策をとると考えていますか。
おそらく植田先生も私と同様、いまが物価と賃金を上げるチャンスだと考えていると思います。「金融の正常化」よりも、まずは「物価と賃金の正常化」を先に目指すのではないでしょうか。物価と賃金が毎年上がり続ける状況を作るということですね。
もし、今回の春闘でうまく賃金の上昇につなげられなかったなら、更に一歩踏み込んだ施策を政府は行うべきだと思います。中小企業の労働者の不満も相当たまっているでしょうから。例えば、積極的に賃上げをする中小企業に対して補助金を出すなどです。最低賃金については、当該年度の水準の引き上げからもう一歩踏み込んで、最低賃金が将来にわたって上がっていく姿をアナウンスするといった施策も効果的です。そうやっていくことで、「賃金は上がるものだ」という発想を持てるようにすることが非常に大切です。
マスコミでは「インフレに対する生活防衛」という趣旨の記事をよく見かけますが、その報道の根底には、「賃金は絶対に上がらない」という考えがあります。二十数年ずっと上がってこなかったので、頭が凝り固まってしまったのです。
しかし、それは決して当たり前のことではありません。そんな歪んだ状態になっているのは日本だけで、他の国では毎年、賃金と物価が上がっていくのが普通なんです。この普通の感覚を日本人が忘れてしまっている。今回のインフレによって、私たちは、物価も賃金も上がっていく、賃金と物価の好循環を起こせるかどうかの岐路に立たされていると思います。
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わたなべ・つとむ 1959年生まれ。東京大学経済学部卒業後、日本銀行に勤務。一橋大学経済研究所教授などを経て、東京大学大学院経済学研究科教授。『物価とは何か』、『世界インフレの謎』など著書多数。
※週刊朝日オリジナル記事
(構成 本誌・唐澤俊介)