自分を許すことができない義勇
冷静な思考、抜きんでた判断能力、剣士としての才覚、流麗な「水の呼吸」の技の数々。水柱・冨岡義勇は、鬼舞辻無惨の精鋭「十二鬼月」とも対等に戦える、数少ない、優れた剣士のひとりだ。それでも義勇は自分のことを認めようとしない。
「俺は水柱じゃない」(冨岡義勇/15巻・第130話)
彼がこだわり続けるのは、鬼殺隊の入隊試験「最終選別」を突破していないことだった。大切な姉を鬼の襲撃で亡くした後、入隊を志した13歳の義勇は、最終選別で同門の親友・錆兎を失っている。毎回、多くの入隊志願者が死亡する最終選別だが、この時に亡くなったのは錆兎ひとり。命をかけて彼が他の者を救ったからだった。義勇もまた、錆兎のおかげで最終選別を生き残った1人だったのだ。
快活な義勇からの変化
錆兎。蔦子姉さん――義勇がその名を口にする時、その胸は引き裂かれそうになる。彼らの最期はどのような姿だったのか。鬼にどんな苦しみを与えられたのか。
「思い出したくなかった 涙が止まらなくなるから 思い出すと悲しすぎて 何もできなくなったから」(冨岡義勇/15巻・第131話)
義勇は自らを鍛えて、耐えて、耐えて、寂しさと後悔と悲嘆を飲みこみつづける。義勇のコミュニケーションが不完全なのは、彼の悲しみがあふれる寸前まできていることに起因する。最終選別での錆兎との別れによって、それは決定的なものとなった。明るかった義勇は、寡黙で言葉足らずな男になっていった。