母の石岡桃子さん(47)とバンザイする尊富士。髪の伸びが追いつかず、「大銀杏」でなく「チョンマゲ」姿での優勝は史上初

 大相撲春場所で、新入幕の尊富士が歴史的な初優勝を果たした。無名に近かった24歳の新入幕力士の優勝までの軌跡を振り返る。AERA 2024年4月8日号より。

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「尊富士」を「たけるふじ」と正しく読める人が、どれくらいいただろうか。大相撲春場所が初日を迎えた3月10日には無名に近かった24歳の新入幕力士の、日本武尊にちなんだという高貴な四股名(しこな)が、2週間後の千秋楽、あらゆるメディアで数えきれないほど連呼された。

 力強い相撲で優勝争いの首位を独走。終盤、新大関琴ノ若をはじめとする上位陣も次々と撃破して、110年ぶりの新入幕優勝という快挙を達成した。初土俵から10場所目の初優勝は従来の記録を大幅に上回る圧巻のスピード新記録だ。颯爽と躍り出た大相撲界のニューヒーローに、日本中が熱狂した。

 2022年9月の初土俵からノンストップで番付を駆け上がってきた。それなのに注目されなかったのは入門前に目立った実績がなかったからだ。

 初土俵を踏んだ力士は、ほとんどが約600人いる番付のいちばん下からスタートする。しかし、入門前に高校や大学でアマチュア相撲の実績を積んで入門すると、特別に、「付け出し」資格を得られ、番付の途中からスタートできる。当然、出世のスピードは速い。これまでのスピード初優勝の記録も、上位は付け出し力士たちで占められてきた。

学生時代タイトルゼロ

 しかし、尊富士は大学時代の獲得タイトルはゼロ。付け出しの審査対象となる大会で基準の成績を満たせず、番付のいちばん下からスタートした。そんなハンディをはねのけ、付け出しのエリートたちの記録を追い抜いて、日大の大先輩である横綱輪島の15場所(1972年夏場所)を52年ぶりに5場所も更新した。歴史的、驚異的快挙だ。

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