作家、コラムニスト/ブレイディみかこ
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 英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。

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 1980年代から活動しているロックバンドのメンバーが、英紙ガーディアンで、右派ポピュリストの政治家が労働者階級のアンセムを使用することを批判している。記事を寄稿したのはチャンバワンバのメンバーだ。同バンドの90年代の大ヒット曲「タブサンピング」は、ニュージーランド・ファースト党の党首で、同国副首相のウィンストン・ピーターズの政治集会などで使用されていたという。

 集会で勝手に楽曲を使用してアーティストを怒らせるといえばトランプだが、怒られても嫌がられても彼は同じことを繰り返す。故シネイド・オコナーの遺産管理団体らが、トランプに「愛の哀しみ」の使用中止を求めたのは記憶に新しい。そもそも、政治思想が違うアーティストの曲を使うから毎回反発を受けるのだが、これはチャンバワンバのメンバーが指摘するとおり、右派ポピュリストが使いたくなるような曲は左派ミュージシャンの作品に多いからだろう。

 それらは、打ちのめされてもまた立ち上がる気概を歌ったものや、今度だけは欲しいものを手に入れさせてくれという哀しい願いを歌った曲だ。アウトサイダーの心情を歌った曲を、反エリート色を強く打ち出す政治勢力が利用したがるのは当然かもしれない。だが、それらをイメージソングに使っている政治家自身が大富豪のエリートである事実を考えれば、なんとも滑稽な話である。

 このような労働者階級の泥臭い情念ソングを右派に盗まれたら、左派にはどのような曲が残されているのだろう。ふと思い出されるのは、英労働党のブレアが1997年に政権奪回した際に使った曲だ。90年代にダンスフロアを席巻したディー・リームの「Things Can Only Get Better」。あれは、「物事はもっと良くなるしかない」というアゲアゲの、超がつくほど楽天的な、アウトサイダーというよりもリア充まっしぐらの曲だった。

 今年の総選挙で大勝すると言われている労働党は、選挙キャンペーンに国旗を使い始めるなど、露骨に「第三の道」のブレア政権を手本にしている。ならばどこからか陽気な曲を見つけてくるのかもしれないが、それが時代に合うかは謎である。

AERA 2024年4月8日号