翌朝、交通局へいって出社してきた副総裁に事情を話すと、「では『昨日はああ言ったが、ちょっと言い過ぎた』と手紙を書こう」とホテルにいた社長へファクスを送ってくれた。発注者が受注者にそういう手紙を出すのは、異例だ。

 1436台の台車を納入し終えたころ、神戸の車両事業部長から「ニューヨークがいろいろ困っているので、いって手伝ってやれ」と指示がきた。米ニューヨーク市交通局(NYCT)向け車両の走行試験のことだ。1年くらいで終わるだろうと思い、妻と長男は日本へ帰し、単身でニューヨークへ赴く。米国駐在は結局、13年半に及ぶ。

 ニューヨーク市の事務所は、車両基地の近くに置いたトレーラーハウス。ロンドンでは背広にネクタイで「紳士」を演じていたが、ここではジーパンにTシャツ姿で仕事をした。

端に座って寡黙な男相手の責任者と知り夜中にも訪ねた

 週に1度、どんなトラブルをどう処置したかの会議がNYCTであり、それにも出た。すると、部屋の端のパイプ椅子に座って、寡黙な男がいる。部下に「誰?」と聞くと、NYCTの技術責任者だ、と言う。「何で、あんなところに座っているの?」と続けると、「川崎が嫌いなのです。問題ばかり起こして最悪だと」と答えた。

 ここで、『源流』からの流れが、勢いを増す。「彼を落とせばいいのだ」と思い定め、夜中にも訪ねて話し込み、言われたことは全部やる。仲よくなり、07年10月に帰国した後も、ニューヨークへいけば会っている。いまニューヨークの地下鉄車両のほぼ半分が、川重製だ。

 2016年6月に社長就任。地球環境対策の水素ビジネスなど、成長が期待できる分野で「攻め」を鮮明にした。地球環境の改善には、二酸化炭素(CO2)を多く排出する化石燃料の使用を抑制しなければならない。

 現在、世界に電車の架線がない地域が多く、そこはディーゼル車が走り、多くのCO2を出している。それに代えて、川重が開発中の水素を使った燃料電池で走る新車両の時代が必ずくる、とみる。

 いま、世界の自動車や車両のメーカー、電力などエネルギー関連の企業など、主要な約150社のトップによる水素協議会の共同議長も務め、水素の利用促進の議論も重ねている。『源流』となったキーパーソンの発見と攻略。今度は、自らに150社の目が注がれている。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2024年3月18日号

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