批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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たいへん憂鬱な出来事だ。ハマスによるイスラエル攻撃のことである。
今月7日、パレスチナ暫定自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織のハマスが、突如攻撃を開始。大規模なロケット攻撃と同時に戦闘員がイスラエル領内に侵入し、多数の民間人が殺され誘拐された。たまたま近い場所で開かれていた音楽祭では虐殺が起き、200人以上の犠牲者が出た。SNSで流れた映像に衝撃を受けた読者も多いだろう。
イスラエルは大規模な報復作戦を実施、ガザ地区に連日激しい空爆を行っている。本稿執筆時点で死者は双方合わせて2千人を超え、地上作戦の準備も報道されている。ガザ地区の人口は約200万人。半数が未成年と言われる。地上戦が始まればどれほどの犠牲が出るか想像もできない。とはいえ、多数の市民を殺されたイスラエルは簡単には矛を収めないだろう。
この紛争を巡っては、ハマスが絶対に悪い、いや歴史的にはイスラエルも悪いとさまざまな見方が飛び交っている。分析は専門家に委ねたいが、ひとつだけ言えるのは、この種の報復合戦は犠牲者を増やすだけだということである。ハマスにもイスラエルにも理屈があろうが、幼い子どもには関係がない。一刻も早い停戦を望みたい。
昨年のウクライナ戦争勃発以来、停戦という言葉は評判が悪くなってしまった。停戦はプーチンへの妥協を意味するだけであり、徹底抗戦こそ正義だという見方が広がっている。実際、日本で即時停戦を訴える学者にはかなり非現実的な議論を唱えるひともいた。
しかし今回の事件に接して思うのは、やはり停戦の呼びかけは重要だということである。被害者に寄り添う。それは確かに正しいが、結果的に犠牲者を増やすだけのこともある。テロは悪い。しかし個別のテロを潰してもテロは消えない。テロリストを罰すると同時に、テロリストが再生産されない環境を作る必要がある。そのためにはいったん銃を置くしかない。
イスラエルは建国に歪みを抱えている。それは第2次大戦の負債でもある。その歪みを未来に向けてどう解消するか、人類の知恵が問われている。
※AERA 2023年10月23日号