両親が亡くなると、弟はよりひきこもりがちになった。とはいえ、弟には両親の遺産も家も残り、弟の生活や将来に深刻さをそこまで感じていなかった。
「持ち家には弟が住んでいて、相続等には不公平感も覚えていましたが、仕方がないのではとあきらめていました」
ところが、いつのまにか弟は借金も抱えていた。池上さんは弟をアシスタントとして雇うなどさまざまなサポートを提案したがうまくいかず、最後に会ってから数カ月後、弟は部屋で亡くなっていた。池上さんは自戒も込めてこう話す。
「当時、弟がいることは周囲にあまり言っていなかった。言うとしても少しごまかして話していました。家族のことで『しんどい』と言える場がなく、なんで?という気持ちばかりが先に立ち、弟との対話は十分ではなかったと、今になって思います」
「しんどい」言っていい
死に至る事例は全国各地で起きている。親が亡くなり後を追うように亡くなる。家族間での殺傷事件や心中事件。親が亡くなった後どうしていいかわからないままに時間がたち死体遺棄で逮捕されるケースもある。そうした事態を避けるためには、追い詰められる前に家族が外とつながり、家族だけで抱え込まないことだという。
「家族だけで抱え込むのは当事者にとっても家族にとっても苦しい。同じような経験をした仲間とつながることが効果的です。家族やきょうだいも『一人じゃない』ということがわかって、ほっとできる。医療機関の評判を共有できたり、それぞれの経験を聞くことで気づきがあったりします。家族同士でしかわかり合えないつらさを吐き出して、『しんどい』と言ってほしい」
そう言える場所を見つける。それは家族会でも何でもいい。
「外で家族に対する愚痴を言ってもいいんです。心の中に溜まる思いを吐き出せる場所を見つけられるだけでも、自分を追い詰めないことにつながります」
今春発行された「たびだち」の表紙は、金魚に乗って空を飛ぶ子どものイラスト。その脇にはしゃがみこんで泣いている子どもも描かれている。描いたのは、就業経験はあるが20年以上ひきこもり状態が続く40代後半の男性。池上さんと知り合ったきっかけは母親が家族会の講演に来たこと。「今は息子と話すことができない」と相談された。
池上さんが「お子さんは普段何を大切にしているか」と尋ねると、母親は「物心ついたときからずっと絵を描いている」。見せてもらった絵がうまく、「たびだちで描いてもらえないか」と依頼すると、本人から電話があり、絵を描いてくれた。
「今も会うことはできないのですが、母親も喜んでいました。今は引きこもりながらでも強みを生かして収入を得ることができる。これも一つの社会との関わり方、つながり方ですよね」
(編集部・秦正理)
※AERA 2023年9月25日号