1990年代半ばから2000年頃、ネット上である論争が巻き起こっていた。有名な炭酸飲料「ファンタ」に“ゴールデンアップル”というフレーバーが存在したかどうか、という論争だ。
ファンタは短期間で販売中止になったフレーバーを含めると、数十ものフレーバーが存在する。その中で1970年代に、「ファンタ ゴールデンアップルを飲んだ」という人と、「そんなものは存在しない」という人の間で、終わりのない論争が繰り広げられたのだ。
「飲んだ派」は自分の記憶を頼りにする一方、「ない派」は「コカ・コーラ社のWEBサイトに記載がない(過去の発売フレーバーはおおむね網羅されていた)」ことを論拠とした。通常、同社の公式情報に存在しないのであれば、「飲んだ派」の勘違いで片が付く論争だが、なかなかそうはならなかった。なんと、「飲んだ派」の数が多かったからだ。
だが、論争はやがて収束に向かう。1974年に、「ファンタ アップル」が発売されている。その翌年に、「ファンタ ゴールデングレープ」が発売されているのだ。このゴールデングレープがくせ者だった。グレープといいながら、色がぶどう色ではなく黄色がかった透明だったのだ。
おそらく、「飲んだ派」のゴールデンアップルの記憶は、ゴールデングレープを混同してしまったのではないか、というところに意見が集約されていった。そして、「ファンタ ゴールデンアップルの都市伝説」が誕生したのだ。
そもそも都市伝説とは、“あたかも本当の話として広まったウソの話”のことだ。ちまたで言われている怖い話や真偽不明の話ではない。都市伝説とは「真実ではない」のだ。こうして、「ファンタ ゴールデンアップル」は都市伝説となり、「存在しなかった」と結論付けられたのだ。
だが2002年、「ファンタ ゴールデンアップル」が発売される。コカ・コーラ社が、この都市伝説を耳にしたことで発売に至ったのかどうかはわからない。しかし、確実に耳に入っていたであろう「ゴールデンアップルの都市伝説」を、販売戦略として活用したという推測は否定できない。
ここまでの話であれば、「都市伝説が現実になった」という話で終わるのだが、実はまだ続きがある。清涼飲料史研究家の久須美雅士氏が、All Aboutでの記事において、「コカ・コーラ社のOBに取材したところ、ゴールデンアップルを過去に売った記憶がある」という発言を掲載したのだ。
さらに、1970年代当時、日本各地で地域会社として存在した各エリアのボトラーズ(販売会社のこと。東京コカ・コーラボトリング、中京コカ・コーラボトリングなど、地域ごとに異なっていた)のOBから、「他のボトラーズで販売したらしい」という証言も掲載 し取り上げている。どうやら、各地で販売した限定品のすべてをコカ・コーラ社が把握しているわけではないということのようだ。「外資系の会社で人の出入りが激しく、覚えている人がいない」という記載もあった。
だが筆者は、これこそ都市伝説の黄金パターンに思える。まず、「ゴールデンアップルを売った」というOBが誰か定かではない。しかも後の「人の出入りが激しくて覚えている人がいない」という談話と矛盾する。「他のボトラーズで売ったらしい」というのは、まさに都市伝説の定番「FOF(Friend of Friend)」、つまり「友だちの友だちに聞いた」と同じパターンだ。取材したOBたちも、インターネットで論争を繰り広げた人たちと同じく、勘違いと思い込みで発言している可能性が高い。こうなると、当時の缶やビンといった“動かぬ証拠”が出てこない限り、論争に決着は付かない。
「ファンタ ゴールデンアップル」が1970年代に存在したかどうかと聞かれれば、その可能性は低いと言えるだろう。だが、20年にもわたって論争が繰り広げられ、あげくに商品が発売されてしまうのだから、1970年代に幼少時代を過ごした人にとっては、ファンタは思い出深い飲みものとなったことは間違いない。
(ライター・里田実彦)