海洋放出直前の8月22日、西村康稔経済産業相と向き合った小名浜機船底曳網漁業協同組合(福島県いわき市)の柳内孝之理事は、
「西村大臣は『海洋放出を始めます』『国が責任を持ちます』とただ報告に来ただけです」
と話した。
大学卒業後、企業で働いてから漁師になった柳内さんは、事故後も風評被害をなくすための取り組みを続け、イベントなどにも参加し、処理水の海洋放出には反対し続けてきた。
7月にも西村氏と面会しており、様々な意見や提案もしたという。
「たとえば、中国や韓国が批判するなら、大丈夫かどうかを彼らが専門家に依頼する形で調査させてはどうかとか、いろいろと提案もしました。それに対し、『検討します』と言うばかりで、結局『理解を得る』という約束は破られて海洋放出です。責任を持つと言うけど、国も東電も信用できません」
と憤りを隠さない。
福島の漁師は国から見捨てられた
筆者が取材してきた漁師や水産業関係者はたくさんいるが、なかなか実名では書けない事情がある。
「うちの親戚は東電で働いている」
「息子は原発の下請けでやっている。親が何か言うと息子にとばっちりがくるのが怖い」
「親戚縁者、何らかの形で原発にかかわって仕事をしている。国や東電はそうやって人質をとって、無言の圧力で異論を述べさせない。実に姑息(こそく)なやり方だ」
そんな声を何度も聞いてきた。
前出のAさんは言う。
「これまで30年近く漁師をやってきたが、そのうちの12年は原発、処理水との戦いに費やされた。福島の漁師や水産業で仕事をしている人は、国から完全に見捨てられた……」
東日本大震災、福島第一原発事故後、国は復興庁を設置して被災地への支援や施策をしてきた。福島の漁業もやっと復活の兆しが見え始めてきたときに、処理水の海洋放出。明らかに復興と逆行していると感じる。
(AERA dot.編集部・今西憲之)