福島県や漁協などによると、福島では震災前の2010年には約1200隻の漁船が操業していたが、原発事故で12年には29隻に激減した。
Aさんも海に戻るのをあきらめ、別の職に就いたが、やはり海が忘れられなかった。津波で壊れた船は、大きな費用をかけて修理し、海に戻った。
試験操業が2012年から始まった。取った魚の検査を繰り返し、徐々に徐々に漁獲量が増えてきた。21年には基準値以上のセシウムが検出され、出荷自粛となる試練もあったが、現在は漁船も800隻近くに増え、沿岸漁業の漁獲量も最盛期の2割程度まで回復してきたという。
国や東電との約束はなんだったのか
「海で生きているのは漁師だけじゃない。仲買人、加工する工場の人、運搬するトラックの運転手ら、みんな海の恵みで生計を立てている。中国や韓国などが猛反発するなかで、風評被害が激増するだろう。国と東電は責任を取るという。つまりカネを払うということなのだろうが、そんなことより、元の海に戻してくれ。それだけなんだよ」
Aさんはそう話し、
「これまで国や東電と話し合ってきて、了解なしに放出しないと約束してきた。あれはいったいなんだったのか。何も信じられない」
と悔しそうに語った。
今回の岸田文雄首相の決定については、
「岸田首相の話は、処理水を放出して何も起きなければ安全性が認められるはず、と聞こえる。それはおかしい。まずは処理水の安全性を証明して、地元の理解と納得を得ることが第一だ。それを日本、世界へと広げて、海洋放出というのが手順ではないのか。岸田首相は漁師や地元の声をまったく聞いていない」
と批判した。