奈良市在住の志岐利恵子さんはノスタルジーあふれる銭湯を背景に湯上がり客を写してきた。7年間で訪れた銭湯は約80軒にもなる。
これまで志岐さんは、吉野川流域に暮らす人々を写した「山里譚(やまざとたん)」、奈良市田原地区で行われている土葬を追った「野辺の送り」、奈良県内の夫婦の職場を写した「支えられて今」など、地域に密着した作品を写してきた。
ところが、銭湯を追った作品「湯あがり」では、「撮影で初めて奈良県外に出たんです。めちゃめちゃ大きな違いです」と言い、笑った。
「ああ、廃業や」
銭湯の撮影を始めたのは2016年。
「最近、廃業する銭湯が多いとお聞きして、今のうちに撮らせてもらおうと思ったんです」
銭湯は下町にあることが多く、それを撮るのも楽しいという。
「こんなところにこんなものがあるわ、と思いながら歩いて。銭湯に行き着いて、いいなあ、と思いながらお風呂に入る。それから撮影する。でも、『わっ、休業日やん』というときもある。そんなときはそのまま帰ってこなあかんのですけど」
最初に訪れたのはJR奈良駅と奈良公園の間にある「敷島温泉」。観光客が行き来する三条通りから1本入った小道に面した銭湯だ。
「何回かお邪魔させていただいたんですけれど、当時はまだ撮影スタイルが定まっていなくて、ご主人を撮らせていただいたり、お客さんがいないときに銭湯の中を写したりした。ところが、次に行ったら『ああ、廃業や』と。今はもう更地ですよ」
銭湯のとなりにあった長屋も取り壊された。
「銭湯は人が集まるいい場所にあるから、開発の手が伸びてくる。どんどん変わっていく街並みも銭湯と一緒に撮影しました」
銭湯を背景に湯上がり客を写すようになったのは翌年から。同じころ、奈良県外へも足を延ばすようになった。
「最初はあまり遠いところには行かないつもりで、銭湯の撮影をよそに広げる予定はなかったんですよ。でも、奈良県に銭湯は少ないので、大阪や京都はどうなんかなって。それから神戸とか、ちょっとずつ距離を延ばしていった」
地域によって銭湯の「顔」には違いがあるそうで、作品に写る銭湯はどれも個性的だ。どうやって探したのか尋ねると、「やっぱり、銭湯組合さん」と言う。
その一つ、大阪府公衆浴場業生活衛生同業組合のホームページを開くと、検索機能の機能の充実ぶりに驚かされた。地域ごとに風呂の種類を調べられるだけでなく、「マニアック検索」機能を使えば、「籐の脱衣籠」「浴室のタイル絵」「お釜型ドライヤー」などの項目でも探せ、昭和レトロな銭湯の目星をつけられる。