東北大学副学長で、脳や神経の発生を研究する大隅典子教授と、『パラサイト・イヴ』などのSF小説をはじめ、科学を題材に執筆する作家の瀬名秀明さん
東北大学副学長で、脳や神経の発生を研究する大隅典子教授と、『パラサイト・イヴ』などのSF小説をはじめ、科学を題材に執筆する作家の瀬名秀明さん
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 国際プロジェクト「ヒトゲノム計画」が、人間のゲノム(全遺伝情報)の解読完了を宣言したのは2003年のこと。それから20年、テクノロジーの進化とともに生命科学を取り巻く環境は大きく変化しました。東北大学副学長で、脳や神経の発生を研究する大隅典子教授と、『パラサイト・イヴ』などのSF小説をはじめ、科学を題材に執筆する作家の瀬名秀明さんが、その変遷と課題について語り合いました。前編・後編の2回に分けてお届けします。

※中高生向けに生命科学の魅力を伝える書籍『マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊』(朝日新聞出版)に収録された特別対談より一部抜粋。

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科学の発展が社会に与えるインパクト

瀬名 1990年代初め頃は、科学に関する特集が雑誌やテレビ番組でよく組まれていたんですね。例えば、男性が浮気をするのは自分の遺伝子をなるべくたくさん残したいからだ、というような、動物行動学と遺伝学を混ぜ合わせておもしろくしたような感じのものがよく取り上げられていました。『パラサイト・イヴ』が発刊される直前には、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こり、炭そ菌を使った生物テロの計画が明るみに出たことで、世間には科学が人々の脅威になりうるのではないかという雰囲気が醸成されました。その影響か、『パラサイト・イヴ』もかなり注目されました。良くも悪くも科学に対して関心の高い時代だったように思います。遺伝子工学の発展は目覚ましくて、ゲノム決定論が注目されていましたね。ゲノムが人間性すべてを決めてしまうというような考え方です。

大隅 ヒトゲノム計画※で、ゲノム解読完了と宣言されたのは2003年。それまでは、ゲノムを明らかにすれば人間のすべてがわかる!という空気がありましたよね。今は、そんなに単純ではないことがわかっていますが。20世紀と21世紀の生命科学では、ゲノム決定論が否定的になったところで、少しフェーズが変わった印象です。ちなみに、2003年時に、実際は8%ほど未完成だったゲノム解読がすべて完了したのは2022年のことなんですよ。

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当時は遺伝子というものが神聖視されていた