ジェンダーの波が、バンカラで有名な明治大応援団にも及んでいる。2017年には六大学で初めて女性の応援団長が誕生。今では、学ランを着た女性応援団員も珍しくなくなってきた。なぜ応援団に女性が増えたのか。そこには過去に起きた悲劇と、それを生み出した旧態依然とした組織との決別があった。
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「最後の青春をささげたいと思って応援団に入った」
学ラン姿でこう熱く語るのは今では珍しいバンカラ男子学生……ではなく、川島裕加さん(法学部2年)。女性の応援団員だ。いま明治大の応援団は大きく変わり始めている。
明大の応援団は1921年に創設された。吹奏楽部、バトン・チアリーディング部、応援指導班の2部1班からなる。部員はチアがおよそ75人と最も多く、次いで吹奏楽が同55人、応援指導班は同20人となっている。
「応援団」と聞いてイメージする学ラン姿の応援団員は「応援指導班」だ。明大応援団といえば、気合と根性、そして硬派な男社会を体現する、かつてはバンカラ代表のような存在だった。だが今は、応援指導班に川島さんも含めて3人の女性部員がいる。応援指導班に女性が初めて入班したのは19年。その後、22年には応援指導班の班長に女性が就いた。
都内の女子大生が、いったいどんな理由で応援指導班に入ろうと思ったのか。川島さんはそのきっかけをこう語る。
「高校では帰宅部だったので大学では何かを真剣に取り組みたいと考えているときに、応援団に出会いました。正直に言うと、応援団と言えば男社会のイメージがあるし、入っても大丈夫かなという不安はありました。だけど、すでに女性幹部の先輩がいたので、それが後押しになりました」
実は、明大の応援団では17年に女性初の応援団長が誕生している。これは東京六大学のなかでも初の出来事だった。
その理由について、応援団の監督を務める菅谷康徳さん(63)は、ジェンダーに対する時代の趨勢や、応援団全体の男女比では女性が8割を占めることに加え、ひとつの「事件があった」と振り返る。