「マイ・ネーム・イズ」を含む衝撃のメジャー・デビュー作『ザ・スリム・シェイディ LP』(1999年)から、早20年が経過していたとは。時の経つ早さにも驚かされるが、入れ替わりの激しいアメリカの音楽シーンにおいて、見紛うことなく第一線というべく活躍を“20年も”続けていることに驚愕する。特に、出ては消え……を繰り返すヒップホップ系のアーティストともなれば、なおさらに。
キャリア25周年を目前とするエミネムの最新作『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』は、絶頂期の若手ラッパーにも劣らないクオリティと、話題性を生んだ。昨年8月末に発表した前作『カミカゼ』同様、何の予兆もなく突如サプライス・リリースされ、カバー・アート、リリック、ミュージック・ビデオ等についての批評が早速、拡散しまくっている。見解は様々だが、これほどのトレンドになること自体、アルバムのプロモーション的には大成功といえるだろう。
既に各メディアでも紹介されているが、本作のジャケットは映画監督のアルフレッド・ヒッチコックと作曲家ジェフ・アレクサンダーが共作した同名アルバム『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』(1958年)にインスパイアされたもの。イントロの「プリモニション」とアウトロの「アルフレッド」では、いずれも原作からの語り部が引用されている。しかし、イントロでの暴言や攻撃性からみると、『リバイバル』(2017年)を批判されたことについて、相当根に持っているとみえる。まあ、その粘着質がエミネム“らしさ”とも言えるんだけど。
最も話題を振りまいているのが、2曲目に収録された「アンアコモデイティング」の歌詞について。フォーカスされたのは、2017年に英マンチェスターで起きた自爆テロに触れたフレーズで、これに当事者であるアリアナ・グランデのファンや、マンチェスター市長が激怒。一方、エミネムのファンは“これが彼のやり方だ”的な擁護をしているワケだが、こうなることを予測できたであろう策略は、炎上商法ともいうべきか。まあ、この曲のツッコミどころはそれ以外にも満載なんだけど……。
「アンアコモデイティング」には、米ブルックリン出身のフィーメールラッパー=ヤングM.Aがフィーチャーされている。男子顔負けのパフォーマンスを披露するヤングM.Aと、アラフィフとは到底思えない超高速ラップを炸裂させる両者のコラボは最強。歌詞に目がいきがちだが、ラップ・スキルや原点回帰したドス黒いサウンドにも注目していただきたい。同曲には、メソッド・マン&レッドマンの「シリアル・キラー」(1999年)がサンプリングされている。
同等の反響を呼んだのが、8曲目に収録された「ダークネス」。1966年に米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”でNo.1を記録した、サイモン&ガーファンクルの代表曲「サウンド・オブ・サイレンス」をサンプリングしたメロウ・チューンで、「アンアコモデイティング」とは対照に、弱さや繊細さを明るみにしている。同日に公開されたミュージック・ビデオでは、2017年に米ラスベガスで起こった銃乱射事件の容疑者スティーブン・パドックの写真や、同事件のニュース映像を起用し、銃規制を求めるメッセージを伝え、呼びかけている。こういった取り組みからも、前述の自爆テロについては軽々しく取り上げてはいない、という気がしないでもないが。
前作『カミカゼ』に参加したゲストでは、「ノット・アライク」で共演したロイス・ダ・ファイヴ・ナインが「ユー・ゴン・リーン」にフィーチャーされている。ビリー・プレストンとシリータによる「ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン」(1979年)を一部拝借したずっしり重たいミディアムで、ホワイト・ゴールドによるコーラスもアクセントになった傑作。ロイス・ダ・ファイヴ・ナインは、ザ・ルーツのブラック・ソートとQティップ(ア・トライブ・コールド・クエスト)、D12の元メンバーでプロデューサー/ラッパーのデナウンとコラボレーションした「ヤー・ヤー」、それから、エミネムのバックアップを経てデビューしたMC集団、スローターハウスのメンバー=ジョエル・オーティスとキング・クリケッドの全員が集結した「アイ・ウィル」の計3曲にゲストとしてクレジットされている。
5曲目の「ゾーズ・カインダ・ナイツ」は、『リバイバル』収録の「リヴァー」で共演したエド・シーランとの再タッグ・ソング。冒頭「D12の頃に回帰する……」というフレーズがあるが、たしかにその頃の作品(2000年代初期)を彷彿させるライム&サウンド・プロダクションで、当時リアルタイムで聴いていたリスナーにとっては懐かしさが蘇ってくるはず。ファット・ジョーなんて名前も出てくるし……。エド・シーランのコーラスも不思議と浮いていないが、敬意を表して“らしさ”は控えめにしているところが、エド・シーラン“らしい”。
その「ゾーズ・カインダ・ナイツ」は、アルフレッド・ヒッチコックの「ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ」を引用した「アルフレッド」と題されたイントロを挟んで始まるが、その「アルフレッド」と「ステップダッド」のイントロ、それから前述のイントロとアウトロは、キャリアを語る上で欠かせないドクター・ドレーがプロデュースを担当している。また、14曲目に収録された「ネヴァー・ラヴ・アゲイン」もドレーが手掛けたナンバー。この「ネヴァー・ラヴ・アゲイン」、長年悩まされていた薬物依存について歌われたものだと解釈されているが、元妻キムへの恨み辛みをぶちまけた感がしないでもない。セラーニの「ノー・ゲームス」(2009年)を下敷きにしたレゲエ・テイストの「フェアウェル」にも、一部同じようなニュアンスが含まれている。
ドレーの大ヒット・ナンバー「アイ・ニード・ア・ドクター」(2011年 / 全米4位)でボーカルを務めたスカイラー・グレイは、『リバイバル』の「トラジック・エンディングス」に続き、本作でも「リーヴィング・ヘヴン」で存在感を放っている。圧の強いビートに乗せて歌うは昨年死去した亡き父についての思うところ。生前何かと“ネタ”にされていたマーシャル親子だが、この曲ではどこかその確執が緩和されたような、そんな印象も受ける。諭すように声を響かせる、スカイラー・グレイのボーカルと哀愁漂わすメロディが、そうさせているのかもしれないが。家族絡みでは、幼少期のトラウマを歌った前述の「ステップダッド」もある。継父から受けた虐待が事実かどうかは曖昧にされているが、内容的にはちょっと笑えない。
昨年死去したといえば、12月8日に急逝したラッパーの故ジュース・ワールドが「ゴジラ」にフィーチャーされている。新曲としては死後初のリリースになるそうで、収録されたのは生前録音が完成した部分のみ、一部未完成のフレーズはカットされているとのこと。エム氏とは何かと比較されてきたロジックとの初コラボ曲「ホミサイド」(2019年)も登場するタイトル直結のハードコアで、アルバム中最も早いラップを聴かせる終盤の神業には絶句する。その合間で休息的役割を果たすジュース・ワールドのコーラスも、文句なしの出来栄え。
その他のゲストでは、「ロック・イット・アップ」にドレーの「メディシン・マン」(2015年) で共演したアンダーソン・パークが、トラヴィス・スコットの『アストロワールド』でも注目された米テキサス州出身のラッパー、ドン・トリヴァーが「ノー・リグレッツ」に、それぞれ参加している。前者はアンダーソン・パークらしいヒップホップ・ソウル、後者はエミネムの作品では珍しい、トラップを基としている。本作の中では、リリック・サウンド共に比較的淑やかな部類に入るメロウ・チューン「イン・トゥー・ディープ」や、初期の作品まんまの「マーシュ」~「リトル・エンジン」等、ゲスト不在のナンバーもエミネム“らしさ”が存分に詰まった。
3rdアルバム『ザ・マーシャル・マザーズLP』(2000年)から前作『カミカゼ』(2018年)までのスタジオ・アルバムは、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で8作連続の首位獲得を果たし、サウンドトラック『8マイル』(2002年)とベスト盤『カーテン・コール』(2005年)を含む計10作が全米アルバムNo.1を記録している。ラッパーの首位獲得数歴代トップはジェイ・Zの14作だが、トータルの売上枚数からするとエミネムがトップ。本作『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』で、またその記録を塗り替えるだろう。老いても叩かれても尚、現役。凄い。
Text: 本家 一成