読んでいたら足元がグラつく思いになる。
 オスカー・ワイルドといえば『幸福の王子』の作者で同性愛で投獄されてけっこう美形、とそこで止まっていた。そういや『獄中記』を学生時代(30年前)に買ってまだ読んでないわ。本棚にはある。なんかカッコイイような気がして。……と、そう思わせる作家なわけですよ、ワイルドは。
 英文学者によるこの本でワイルドの生まれや育ちや、どんな交友関係があってどんな仕事をしたのかを詳しく読んでみて、両親どっちもアクが強いのも驚いたが、もっと衝撃だったのが「うわっ、ワイルド、やりまくり!」である。いや、四六時中っていうんじゃないが、学生時代から同性相手にいろいろやっている。こちらの勝手な想像では「内気で物静かな美青年が同性を愛する煩悶」みたいな図ができてたのだが……。
 ところが、ワイルドは目立ちたがりなんですよ。恋愛も軽い感じだし。とにかく有名になることを人生の目標とする。そこにもってきて、運動が苦手で本が好きな若者がよくかかるハシカみたいな「ワタシは美を追究するために天から遣わされた使徒と思い込む」振る舞いも目につく。うわー恥ずかしい。
 と、嗤いながら読んでたのだが、しかしふと我に返る。この人はオックスフォードで成績優秀で(落第もしてるが、それもまた無頼な感じで良し)、詩作で賞取ったり戯曲を書いてそれが上演されて人気になったり、とにかく才能があるわけですよ。で、ウィットに富んで、たちまち人を惹きつける。「ボクは選ばれた者」と勝手に思いながら知らぬ間に年とっていく人間がほとんど全員なのに、こうして後世まで作品を残すんだからすごいじゃないか。
 彼の人生の終わりの頃、よその少年を見て両頬に口づけをし、生き別れた我が子を思って泣く、という話は胸がつまった。その子供の小さい頃の写真も載ってるが、これがものすごく可愛いんだ。泣けるほど可愛い。

週刊朝日 2014年2月14日号