“失恋”をモチーフにしたアルバムを普遍的に描き出す、豊満な音楽的背景と技術。ライアン・アダムス『プリズナー』(Album Review)
“失恋”をモチーフにしたアルバムを普遍的に描き出す、豊満な音楽的背景と技術。ライアン・アダムス『プリズナー』(Album Review)
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 オルタナ・カントリーを起点に、21世紀アメリカン・ロックの体現者として活躍を続けてきたライアン・アダムスのニュー・アルバム『Prisoner』が、2月17日に全世界同時リリースされた。テイラー・スウィフトのアルバムを丸ごと独自解釈した前作『1989』は、カヴァー作であるにも関わらず賞賛の的になり(Billboard 200では初登場7位)、2016年12月には待ちに待った初の単独来日公演を成功させたところではあるが、新作『Prisoner』はライアンの極めてプライベートな体験が落とし込まれた作品になった。

 ライアンと、女優/シンガーであるマンディ・ムーアの6年に渡る結婚生活の終焉について、連名のアナウンスがなされたのは2015年1月のことだ。法的には、2016年夏に正式に離婚が成立した。新作『Prisoner』には、その痛みと孤独感が溢れている。緩やかになびくオルガンの響き(結婚のメタファーだろうか)を突き破るようにロックするリード曲「Do You Still Love Me?」からして率直な問いかけが込められ、表題曲「Prisoner」では《君を愛することが間違いなら/俺は罪人で、愛の囚人だ》と苦悩に苛まれるさまを歌い上げている。

 ライアンは今回のアルバムを、ツアーの合間にスタジオに入り、一人で全パートを演奏しながら完成させたという。じっくりと間を取りながら、ニール・ヤングのような節回しで歌声を染み渡らせる「Breakdown」などからも、彼が自らの感情や思考と向き合いながらこのアルバムを作り上げていったことが分かる。しかし不思議なのは、本作が決して独りよがりな感情の吐露を吹き込んだ作品にはなっていないということだ。とてもプライベートなことが綴られているのに、万人に開かれた普遍的な作品になっている。彼がこれまでに培ってきた豊かな音楽的背景と技術を用い、魂の形を丹念に描き出して人々と共有しようとしている点が、感動的なのだ。

 《こんなお化け屋敷に一人きりで暮らすのはもう嫌だよ》と、孤独な生活感が自虐的に、しかしどこか軽やかにユーモラスに歌われてしまう「Haunted House」。これほどポップに心模様を伝えてしまう手捌きがあるからこそ、この歌は逆にどうしようもなく胸に染みてくる。絶妙なサウンド加工を施して歌を引き立てる「Anything I Say to You Now」や「We Disapper」も見事だし、素朴に静謐に紡がれる「Tightrope」の後半では、心を宥めるようなサックスのフレーズが差し込まれ、余韻を残してゆく。ライアン・アダムスという一人の男の側に、音楽が、ロックがあって良かった。そのことを、誰もが噛みしめてしまうはずの傑作である。(Text:小池宏和)


◎リリース情報
アルバム『プリズナー』
ライアン・アダムス
2017/2/17 RELEASE
HSE-6358 2,689円(tax out.)
https://goo.gl/oltK9K