藤原道長といえば「平安時代に出世を極めた男」だが、いったいどういう人なのか考えたこともなかった。光源氏のモデルという話もあった気がするが、ハンサムとかそういう方面のことは想像にも浮かばず。では、権謀術数を駆使する朝廷の実力者かといえば、「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたる事も無しと思へば」なんていう和歌を大喜びで詠んじゃうあたりに、「地位大好きお金大好きオヤジ」的なものを感じ、ロマンが混入する余地はない。
 道長は『御堂関白記』を書いていて、これは道長個人の備忘録である。道長は「わしが死んだらさっさと捨てろ」と遺言したらしいが、ずっと家宝として残され今は国宝。この日記を詳しく読んでいくと道長の日常生活がわかる、というのがこの本の眼目であります。なにしろ舞台が平安朝、教科書で知ってる人たちが実際に活躍していて、おまけに道長はすぐ感激して泣いたり、自分をホメていい気分になったり、何かといえば冗談を言ったりする。こんな起伏の激しい人がなんでこうまで出世したのかよくわからないのだが、「生まれがよくて育ちがよくて運がよくて人がいい」ことがきっと道長をここまでの存在にしたのであろう。少なくとも「コイツ、やなヤツだな」とは思わない。これは朝廷の中では重要なんじゃなかろうか。
 しかし、やっぱり、どんなに読んでもロマンがないよ道長。よさそうな人なんだけど。私がもっぱら憧れたのは道長の奥さん倫子(りんし)。ダンナが道長で、自分はその正妻、ムスコは跡継ぎ、ムスメは長女彰子を筆頭につぎつぎ天皇家に輿入れ。そして90歳まで生きる。望月が欠けなかったのは奥さんのほうではなかろうか。いやいや、こういう人こそいろいろな懊悩(おうのう)を抱えていたに違いない……などと思ってみようとしたが、どうもダンナの道長同様、素直に楽しく元気に暮らしていたような感じなのだ。
 うらやましい。日本の歴史上の人物で「いちばん入れ替わりたい」のは道長の妻、倫子です。

週刊朝日 2013年4月26日号

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