映画「人間の條件」は昔、正月の昼間にテレビで一挙放映をしていて、ラスト30分ぐらいを見たが、そこだけで圧倒された。シベリアの雪の中に倒れて死んでいく、目玉ばかりぎょろぎょろした仲代達矢。倒れた上に雪が積もっていく。その顔が頭に焼きついちゃって「どういう話だかさっぱりわからないがこの映画はすごい」ということばかりが記憶に残っている。
 この本で仲代達矢が語ったところによれば、あの映画は撮るのも命がけで、私が忘れられないあの雪のラストシーンも、発泡スチロールの雪じゃなく、北海道の原野で零下十何度の真冬に、雪の上に倒れて雪が降って埋もれるまでずっとそのままでいた。手足がしびれてきて、しまいには「気持ちよくなってきちゃいまして」って、そこまでやる意味はあるのかと言いたいぐらいの力の入れようで製作されたわけだ。
 まあ、仲代さんが語る「日本映画」ってのは「小林正樹に山本薩夫に黒澤明に岡本喜八に成瀬巳喜男に……」と、映画がものすごく崇め奉られ、かつ求められ、かつ愛されていた時代のものである。俳優たちもまた、性格や行動がとんでもなくても、いざ撮られる段になればとてつもない存在感を発揮してしまう。そういう俳優が、イコール人気者であった幸せな時代だったのだ。仲代さんが言ってるのは、「今みたく人気があるからとりあえず出そう」みたいなことはありえなかったし、金も時間もかけずに手軽につくってるから監督も演出家も俳優もシロートなのにでかい顔をする、……ってことは、ほかにも今の映画監督に言いたいこといっぱいあるんだろうなあ仲代さん。名指しで悪口とか言ってくれれば面白いのに。でも、そういうことは言わないタイプの人なんですね仲代達矢。
 そんな仲代さんが語る役者仲間の思い出話は、丹波哲郎のものが読んでいて心に残った。勝新太郎と同様ちょっと困った人だけど、困り度合いはあそこまでではなく、何か可愛い。

週刊朝日 2013年2月22日号