働き方改革が進む中、話題になったドラマ「わたし、定時で帰ります。」の原作者は、どんな人生を生きてきたのか。父に植え付けられた仕事中毒への恐怖、就職氷河期に生じた自己否定。自ら経験し、見てきたすべてのリアリティーが、創作の源だ。仕事で受けた傷は、仕事を頑張る人の話でしか癒せない。AERA 2020年2月3日号に掲載された「現代の肖像」から一部紹介する。
てのひらを空へ空へと振るように、常緑樹の並木の葉は亜熱帯の雨風になびいていた。2019年11月末、台北・信義新都心。バイクやバスの行き交う大通りの一角にそびえる大型書店「誠品書店」のフロア内には、コバルト色の表紙カバーをまとった繁体字の本が平積みにされていた。タイトルは『我要準時下班!』。日本語の原題は『わたし、定時で帰ります。』。
絶対に残業しないと決めた主人公の会社員・結衣、仕事最優先の元婚約者、体調を崩しても休まない同僚、何かにつけ「辞める」と言い出す新人の後輩。そこに、無茶な仕事を振る「ブラック」な上司が現れて──。
日本での刊行は18年3月で、折しも「働き方改革」をめぐり議論がわき起こっていた。啖呵を切るようなタイトルの物語は反響を呼び、連続ドラマ化。主人公を演じる吉高由里子が、定時退社後に中華料理店に駆け込み、豪快にビールをあおる姿も話題を呼んだ。
著者の朱野帰子(40)はこの日、台北の街をめぐり、現地の出版社と書店で市場動向をリサーチして回っていた。市内にある大手書店の文芸部門では、軒並み売り上げ1位を記録し、特に若い読者層に人気を博していた。
「読後に不思議な爽快感を覚え、やる気が湧いた」
「労働問題にまで切り込む小説。会社のための自分ではなく、自分のために会社があると気付いた」
先の誠品書店の販売主任・劉怡宏(39)もこの本を絶賛する一人だ。企画を担当していた前の部署では毎日残業続きだったのが、異動により定時で帰る日が増え、ワーク・ライフ・バランスの重要性を噛み締めている。
「それに、登場人物のキャラが痛快。私たちにも通じるものが多い本だと思います」