「でも、私の映画をつくるのは勘弁してほしいね」

 トランプ氏が大統領選の勝利宣言をした16年11月9日を題名にした「華氏119」は、「少数派のみが支持するトランプの政策がアメリカ全土の意思になっていく滑稽な『からくり』」を暴くと宣伝している。「遊びで立候補した」大統領選で次第に野心をむき出しにするトランプ氏の心情の変化や、長女イバンカ氏への熱い思いの底辺にある原始的な欲望。大統領就任後、2期8年の任期撤廃に言及した権力の私物化の強まりと、繰り返される規格外の言動に麻痺(まひ)して誰もが知らないうちに大統領のペースに巻き込まれる異様な現状。これをヒトラーの人生と重ねて描写することで、懸念すべき今後の米国の姿を暗示している。

 16年の大統領選では、ワシントンのエスタブリッシュメント(支配階級)の存在に嫌悪感を示すトランプ氏に、反支配階級のプア・ホワイトが共鳴し、普段は行かない選挙でトランプ票を押し上げたとされる。同時進行で、逆にリベラル層の多くが投票に行かなかったとムーア監督は語る。政策が「共和党化した」民主党に対し、支持者の希望をつなぐ星だったオバマ前大統領が、実は政治不信を深めた張本人だという。映画では、監督の地元で起きた水道水汚染問題への対応を誤り、支持者の信頼を失ったオバマ前大統領の象徴的な場面が描かれている。

 銃規制ができない政界を批判し、立ち上がった高校生らの抗議行動。民主党執行部に逆らっても中間選挙に立候補し予備選を勝ったマイノリティー出身の女性候補者らの躍進。庶民発の新しい動きも紹介している。

 希望はある。しかし、いま行動しないと取り返しがつかなくなる。そんな監督の強烈な危機意識が、最後に流れる自身のナレーションに表れていた。

「僕が守りたい米国は、まだ訪れていない。こんな形で終わってはならない。まだ終わってはいない」

(編集部・山本大輔)

AERA 2018年10月22日号