山極寿一(やまぎわ・じゅいち)/1952年生まれ。霊長類学・人類学者。ゴリラ研究の世界的権威であり、京都大学総長。国立大学協会会長。日本学術会議会長。著書に『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』『「サル化」する人間社会』など(撮影/写真部・加藤夏子)
山極寿一(やまぎわ・じゅいち)/1952年生まれ。霊長類学・人類学者。ゴリラ研究の世界的権威であり、京都大学総長。国立大学協会会長。日本学術会議会長。著書に『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』『「サル化」する人間社会』など(撮影/写真部・加藤夏子)
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『ゴリラからの警告 「人間社会、ここがおかしい」』は、情報通信技術の発展でコミュニケーションが変わり、ヘイトスピーチがあふれる現代に、「ゴリラからの警告」という観点からこれからの共同体・国家のあり方を問い直す一冊だ。京都大学総長で著者の山極寿一さんに、同著に込めた思いを聞く。

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 移動中はスマホを手放さず、会社に着けばすぐにPCを立ち上げる。急ぎの仕事の依頼も遠距離の相手への連絡も苦もなくできるようになった。が、どうにも実感がないのである。何の? ズバリ「いま幸福だ」という実感である。

「人間の身体は狩猟採集時代のままで、文明世界に適応していません。狩猟採集時代に男は1日平均15キロ、女は9キロ歩いていたわけで、人間は動いて食べ物を消化するんです。だから一日中座ってパソコンを眺めているなんて体に悪いに決まっている。体に合わない生活は精神にも合わないので、脳と脳がつながるようなICT社会は息苦しいはずです」

 霊長類学の見地から、山極寿一さんはそう語る。AI時代などと言って進化した気になっているが、五感を用いた身体性が抜け落ちてしまった。

「人間はこれまで弱みを強みに変えてきました。例えば自分が見つけた食物を他人と分けるのは、取り分を減らすという意味では不利になりますが、食物を接着剤に使うことで互いの信頼関係という強さを手にします。我々は日々、暗黙の信頼のうちに生きていて、例えば混雑する駅のホームで、誰かが自分の背中を押して殺すかもしれない、なんて思ったら怖くて立っていられませんよね。しかし信頼関係は実はあやういものであるのも事実で、その関係を支えているのが直観です」

 その直観力が今、損なわれ始めた。

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