是枝監督よりも前の世代は、日本国内で高い評価を受けていたところを、欧米の映画祭に“発見”され、国際舞台に引っ張り出されるという過程をたどるのが基本だった。それは国内の映画市場が米国に続く2位を維持し、国内だけで採算が取れており、あえて海外を目指す必要がなかったことが大きい。

 しかし、90年代半ばは日本映画と外国映画の興行収入比が3対7まで落ち込む「洋高邦低」時代。アート志向の映画監督やプロデューサーは海外を視野に入れる必要に迫られていた。そんな状況下で是枝監督や河瀬監督が登場した。彼ら以降、アート系の優秀な監督は、ほとんどがデビュー作から海外の映画祭を回るようになった。是枝監督はそのパイオニアだった。

 是枝監督の初期の作品を見ると、先鋭的な主題や作風が目立っていたが、近年はフジテレビと組んで、商業性と芸術性を兼ね備えた作品を志向しているようだ。これまでの最大の成果は「そして父になる」だった。人気絶頂のスター福山雅治を主演に迎えたこの映画はカンヌで審査員賞を取っただけではなく、32億円の興収を上げて商業性と芸術性の両面で成功する。以後の是枝作品は、「万引き家族」まで5本連続でフジが中心の製作委員会で作られている。

 日本映画黄金期の巨匠たち、例えば黒澤明や溝口健二、小津安二郎らは大手映画会社のエース監督であり、彼らが作った映画史に残る名作はいずれも、当時のスター俳優を使った一般の観客を呼べる映画だった。「万引き家族」は、彼ら巨匠たちの映画のテイストに近い。いわば古典の風格をまとった堂々たる作品だ。この映画がヒットすれば、日本映画の風向きが変わってくるに相違ない。(朝日新聞編集委員・石飛徳樹)

AERA 2018年6月4日号