内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
中国の第13期全国人民代表大会が開幕。大会では国家主席の任期を撤廃する憲法改正案が採決される予定(※写真はイメージ)
哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。
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中国の第13期全国人民代表大会が開幕した。大会では国家主席の任期を撤廃する憲法改正案が採決される予定である。改正されると、習近平国家主席は終身国家主席となり、毛沢東以来の独裁的権力者となる。毛沢東への権限集中がもたらした政治的混乱を経験した中国人は国家主席の任期を定めて、集団統治制を採ってきたが、その時計の針が逆転することになる。
習近平が例外的な政治的成功を達成した指導者であることは間違いがない。党官僚の腐敗や環境汚染、インターネットの遮断など国内に問題はまだ多いけれども、アヘン戦争から今日までの約180年を振り返ると、中国の国際社会におけるプレゼンスの大きさという点でも、国内統治の安定性でも、市民の消費生活の豊かさでも、過去のどの時代よりも今の中国が卓越していることに異論のある人はいないはずである。だから、中国が今の威信と繁栄を継続するためには自分がトップであり続けることが必要であると習近平が考えるのは論理的には筋が通っている。けれども、歴史が教えているのは「すべての長期政権は必ず腐敗する」ということである。これに例外はない。
長期政権を保持できるのはもちろんその政治指導者が有能だからである。他の為政者がなし得なかった数々の偉業を果たしたからこその長期政権である。それゆえ指導者の自己評価は限度を知らずに高まる。そして自己評価が節度なく高まった指導者には、かたわらで聴くと寒気がするような「おべんちゃら」が正確な人物鑑定に、おもねる者が炯眼(けいがん)の士に思えてくる。逆に、少しでも批判的な態度を示す者は嫉妬や憎悪で眼が曇った奸臣愚物(かんしんぐぶつ)に見えてくる。このピットフォールを避け得た独裁者は過去にいない。やがて独裁的権力者の周囲には、恥ずかしげもなくお追従を言う者たちだけが残り、直諫(ちょっかん)する人は残らず立ち去るか、排除されるかして姿を消すのである。
長期政権の没落を呼び込むのは為政者自身の無能や失政ではない。彼を喜ばせる以外に取り立てて能力のない人たちがいつの間にか統治機構の中枢ポストを占有することがもたらすのである。
※AERA 2018年3月19日号