研究チームに参加して、大脳皮質の量の数値化手法を開発したのは、医師で筑波大学准教授の根本清貴さん(精神医学)だ。当人も、こう認める。
「加齢で脳が小さくなることはこれまでの研究で知られていますが、大脳皮質の量が増えると学習機能が高まるかどうかは、まだわかっていません。ただ私たちは、注意機能がよくなると期待はしています」
ではなぜ、「高カカオチョコレートを食べると脳が若返る」と受け取れる発表になったのか。記者発表と新聞広告が掲載されるまでの経緯を明治に確認したところ、明治広報部の回答は、明治と内閣府の研究チームを率いる山川義徳プログラム・マネージャー(PM)らで「協議した上で行った。オープンサイエンス中間報告会という位置付け」。
山川PMにも話を聞いた。
「脳の量を数値化する手法を企業に使ってもらい、脳の健康に効果がある食品や生活習慣を明らかにするコンテストをやってきた。多くの企業に知ってもらい脳について研究してほしいのだが、コンテストの報告として発表してもなかなか知ってもらえない。今回は明治が脳の研究を開始する発表をするというので、一緒に発表することにしたんです」
●無意識に刷り込むPR
プレスリリースは明治が出したものだが、
「明治が作成した文章は当初、『(高カカオチョコレートで)脳の若返り効果』が前面に出ていました。私が『見える化に道筋』と付け加えるなどしました」(山川PM)
とはいえ、説明資料には発表者として「内閣府」の文字が目立つ。記者会見の冒頭には、内閣府の担当参事官が登壇してプロジェクトを紹介。プレスリリースや新聞広告の原稿も、内閣府の担当審議官が確認して事前にOKを出したというから、「企業のPRに内閣府がお墨付きを与えた」と見られても仕方がない。
記者会見には大手マスコミの科学に詳しい専門記者も参加したが、彼らがほとんど記事にしなかったこの発表が、ネットメディアでは取り上げられた。
前出の下條教授は言う。
「チョコレートにいい効果があってほしい、と多くの人は思っている。それに合う情報なら容易に信じるし、無意識に刷り込まれる。それを狙ったマーケティングが増えていて、科学もそこに取り込まれている。たとえ研究者に悪意がなくても、
『研究者がお墨付き』を与えたように見えることで害悪になる」
研究者の側にも問題がある。科学技術政策に詳しい近畿大学の榎木英介講師(病理学、医師)はこう話す。
「大学や研究機関は予算を得るためにPRを強化しています。そのため、研究成果発表も誇張した表現になりがちなんです」
結果、「脳に効く」「エビデンス」という言葉や専門家を無意識のうちに信じやすい消費者をターゲットにしたPRが、ちまたに氾濫している。(編集部・長倉克枝)
※AERA 2017年4月24日号