思想家・武道家の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、哲学的視点からアプローチします。
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凱風館の寺子屋ゼミの今年度のテーマは「アジア」である。アジアの一国を選び、歴史と現状を紹介し、その国の「これから」について未来予測をしてもらうという趣向である。
未来予測に力点をおいた発表を期待していると、オリエンテーションでゼミ生諸君には申し上げた。過去にどんなことがあったかを調べるのはそれほどむずかしいことではない。ネットで検索して、参考書を読み、手際よく要約すれば済む。けれども、あえて「未来予測」に踏み込んで頂きたい。未来予測はその正誤がすぐにわかるからである。間違った場合には、自分がどのデータの入力を怠ったのか、どこで事実誤認を犯したのか、どこに推論上の誤りがあったのかを吟味することができる。機械の点検と同じである。重要なのは知性の不具合の発見であって、性能を自慢することではない。
最初のゼミ発表者は「海洋国家中国」というテーマを選んでくれた。中国の海洋進出は胡錦濤(フーチンタオ)時代の「海洋大国」宣言に始まり、東シナ海での防空識別圏設定、南沙諸島の埋め立て、さらに中国沿岸部からアラビア半島まで結ぶ「21世紀海上シルクロード」構想の発表などに示されている通りである。これから、中国は海洋大国となるのか、興味深い問いである。発表者は「なる」という予測を立てた。私は「ならない」と予測した。一国の世界戦略は必ずしも、軍略や経済合理性に基づいて決定されるわけではない。あらゆる国はそれぞれに固有のコスモロジーを有し、それに基づいて世界を見ている。前景化するものと、後景に退くものの遠近法を決定するのは「種族の物語」である。
カール・シュミットはその『陸と海と』で「陸の人間」と「海の人間」は別の世界に生きていると述べた。私の見るところ、中国人は「陸の人」である。海洋は彼らを魅了しない。シーレーンを称するに「シルクロード」という陸路の比喩を用いた点からもそれは窺(うかが)える。中国は「一帯一路」のうちでは陸路を西へ向かう「帯」に政治的資源を優先的に配分する。シーレーンでは防御線を固め、交通を確保する以上の侵出はしないというのが私の予測である。正誤は遠からず判明する。
※AERA 2017年5月15日号