●京都人にも温度差が
木村氏の意見を、地元の京都はどう受け止めるだろう。自民党京都府連会長の西田昌司参院議員(58)はこう言う。
「皇室のどなたかが京都に住んでほしいという漠然とした雰囲気は昔からあります。『ちょっと東京に行ってくる』と出て行かれてから150年、そろそろ戻ってこられてもいいんじゃないかという、京都人には共通の何とも言えない感覚があるんです。みなさん歓迎されるんじゃないでしょうか」
一方、『京都ぎらい』(朝日新書)の著作で知られる京都市出身で国際日本文化研究センターの井上章一教授(62)はこう言う。
「テレビの画面からは京都にノスタルジーをお持ちのようには感じ取れませんね。昭和天皇が1945年に退位される可能性があり、近衛文麿が奔走して御室の仁和寺にお迎えする手はずを整えたということはありました。しかし今回は仁和寺もそんなに慌ててはいないでしょう」
では、京都の中心たる「洛中」の人々の受け止め方はどうか。
「洛中の中の洛中を誇る祇園祭で山鉾を出される方々に『本当の洛中はどこまでですか』と尋ねると、北限は広く取る人で丸太町通まで、狭い人で御池通までとおっしゃいます。丸太町通より北にある京都御所も冷泉家も洛中じゃない、京都じゃないということです」(井上教授)
王を失った心を支える補填物を祇園祭に見つけた洛中の人々よりも、補填物を持たない西陣界隈で皇室に「戻ってきてほしい」という声をよく聞くという。
雅で複雑な京都。本音を吐露しない美学も、長い皇室の歴史とともに育まれた文化なのか。(編集部・大平誠)
※AERA 2017年2月13日号