近年、海外に移住する日本人は少なくない。なかには活動の場をアジアの国々に置くことで、その国の人々の暮らしに新たな感覚を吹き込んでいる日本人もいる。
「始まった…」
建築士の西澤俊理(33)と佐貫大輔(38)はそう思いつつ、まずは聞き役に徹する。ベトナム・ホーチミン市内の彼らの事務所での、注文住宅の打ち合わせ。設計図を広げると、相手はヘビや牛などが描かれた絵をテーブルの上に出してきた。注文主の隣に座る人物が、設計図を指さしながら指摘する。
「キッチンはここじゃないと縁起が悪い」「ベッドの向きはこっちだ」
ベトナムの住宅設計で大きな影響力を誇るのは、建築士より風水師だ。間口が狭く奥行の深い住宅が軒を並べる都市部。その住民の多くが住まいの快適さをあきらめていると、2人は感じている。中央に階段を据え、その前後に個室を配置する紋切り型の間取りがほとんど。1階はジメジメして当たり前、ベッドルームは光も風も入らなくても仕方ない…。住宅の設計に工夫を凝らす発想に乏しい。
そんな住宅文化に風穴を開けるかのように、中庭を作ったり、間仕切りを可動式にしたりといった提案を、ベトナムに渡った2009年から根気よく続けている。
「その場所ならではのよさを見つけ、何とか設計に生かせないかといつも思っています」(佐貫)
いま、2人は手ごたえを感じつつある。提案を面白がってくれる注文主が増えてきた。日本では若手建築士に任されることが少ない、大規模なリゾートや工場の仕事も舞い込むようになった。床面積2千平方メートルという広大な住宅の設計を依頼され頭を抱えるという、日本ではまずできない経験もした。
「日本人だからきっちりやってくれるという期待も。それに応えつつ、貧しい人々が住む地域の住環境の改善にも関わっていきたいと考えています」(西澤)(文中敬称略)
※AERA 2013年12月30日-2014年1月6日号より抜粋