阿部氏の元に寄せられるいじめの相談は、年間500件は下らないという。学校や教師に話さず、いきなり阿部さんを頼ってくる保護者も多い(撮影/写真部・松永卓也)
阿部氏の元に寄せられるいじめの相談は、年間500件は下らないという。学校や教師に話さず、いきなり阿部さんを頼ってくる保護者も多い(撮影/写真部・松永卓也)
あべ・ひろたかT.I.U.総合探偵社代表。1977年、東京都生まれ。探偵業界におけるいじめ調査のパイオニア。約10年にわたるいじめ調査の記録をまとめた『いじめと探偵』(幻冬舎新書)を最近出版(撮影/写真部・松永卓也)
あべ・ひろたか
T.I.U.総合探偵社代表。1977年、東京都生まれ。探偵業界におけるいじめ調査のパイオニア。約10年にわたるいじめ調査の記録をまとめた『いじめと探偵』(幻冬舎新書)を最近出版(撮影/写真部・松永卓也)

 探偵と聞くと、浮気調査や尋ね人の捜索などを思い浮かべがちだが、最近では深刻化するいじめの調査依頼も増えている。

 私立探偵である阿部泰尚(ひろたか)氏は、これまでに250件以上のいじめ事件を解決に導いた、いじめ調査の第一人者だ。阿部氏が探偵の業界で初めていじめの調査にかかわったのは2004年のこと。だが当時は、「まさかいじめ調査が探偵の仕事になるとは夢にも思わなかった」という。

 ある日、事務所を訪れた中年男性がこう切り出した。

「中学2年生の娘が不良になった原因を調べてほしい」

 男性の娘は東京の名門女子中学校に通っていた。もともとは「何でも親に話す明るい性格の持ち主」だったが、「お宅のお嬢さんが万引きをした」という学校からの電話で状況は一変。彼女は罰として、学校で自習室に隔離された。親が理由を聞いても何も語ろうとしなかった。

 阿部氏は早速、依頼者の承諾を得て、彼女の尾行を開始。彼女は下校後、いつも同じ学校の数人と行動を共にしていた。だが、どういうわけか仲間の少し後ろを寂しそうに歩いていた。

 数日後の下校中、彼女一人が仲間から離れ、コンビニに入った。店の外では、他の生徒が「やれやれ」とはやし立てている。阿部氏は、彼女に気づかれないように店内に入り、背後から近づいた。彼女がまさに万引きをしようとした瞬間、彼女の手を押さえ、万引きを阻止した。その様子を見ていた仲間グループは逃げていった。

 彼女は阿部氏に、仲間から万引きを強要されていたと告白。それまでにも捕まったとき以外にも何度も万引きをしていた。事実は判明したが、「不良」の烙印を押されている彼女の言葉を、周囲が真剣に聞いてくれるのか──。グループの他のメンバーが口裏を合わせれば、彼女の言い分は聞き入れられないだろう。

 阿部氏は父親と彼女と相談した結果、当事者録音を行うことにした。当事者録音とは、セクハラなどの被害者が、ICレコーダーなどを忍ばせ犯罪行為を記録する行為。阿部氏は、特殊なICレコーダーを彼女に託した。

 後日、「やれよ、やらないんだったらこれまでのこともバラすぞ!」と仲間が彼女を脅迫する様子が、彼女本人の手によって録音された。この証拠をもとに、父親は学校にかけあい、彼女の名誉は回復され、主犯格の子は退学処分を受けた。

「何不自由のない暮らしを送る名門校の女子中学生が、仲間に万引き強要とは」

 阿部氏は驚くと同時に呆れた。だが、この初めてのケースのあと、いじめ調査で知り合った多くの子どもたちから「そんなのはどこの学校でも起きている」と聞かされ、さらに驚かされたという。

AERA 2013年10月7日号