注目すべき女性マルチリード奏者の新作
Notes From The Village / Anat Cohen
現在ニューヨークのジャズ・シーンで新世代の新興勢力と目されているのが、イスラエル出身のミュージシャン。チック・コリア“オリジン”で頭角を現したベーシストと同名のトランペット奏者であるアヴィシャイ・コーエンが、輸入盤のリーダー作によって局地的な話題を呼んだのは4年前のことだった。その後、徐々に実像が明らかになる中で、ユヴァル(ss)、アナットとの3きょうだいであることが明らかになり、子供時代から楽器に親しんできた3人が、今やNYを拠点に“スリー・コーエンズ”としても活動する気鋭の才人だと知られるに至ったのだ。
本作は兄弟がユヴァルとアヴィシャイである長女アナットの4枚目となるリーダー・アルバム。ジャケット写真が示すようにアナットの主楽器はクラリネット。ベニー・グッドマンに代表されるスイング時代の花形楽器は、戦後のモダン・ジャズ期に入ると急速に少数派へと環境が変化した。90年代になるとドン・バイロンという新感覚派の登場がシーンに一石を投じたが、突然変異的な印象があったのも正直なところ。今のこの時代にクラリネットをメインにしてきたアナットには、確たるポリシーがあったはずだ。
本作ではソプラノ、テナー、バスクラを各1曲盛り込んで、マルチリード奏者ぶりもアピールしているのが新味。
リズミカルな#1ではソプラノの軽快さを表出しながら、濃いキーボードとドラムスもフィーチャーして、在住10年目を迎えたニューヨーカーとしての立場を浮き彫りにする。 ザビア・クガート楽団で知られるラテンの名曲#3にも当てはまるように、エキゾチックなメロディ・センスや作曲書法が、クラリネットの現代的使い手=アナットの個性を際立たせていることを見逃してはならない。
ジョン・コルトレーン曲#4をクラリネットとバスクラの2本使いによって、今の感覚で表現したセンスも評価すべき。リズムを複雑化したファッツ・ウォーラー曲#8のアプローチもユニークだ。注目すべき女性アーティストである。
【収録曲一覧】
1.Washington Square Park
2.Until You’re In Love Again
3.Siboney
4.After The Rain
5.J Blues
6.Lullaby For The Naive Ones
7.A Change Is Gonna Come
8.Jitterbug Waltz
アナット・コーエン:Anat Cohen(cl,ss,b-cl,ts) (allmusic.comへリンクします)
ジェイソン・リンドナー:Jason Lindner(p,key)
オマー・アヴィタル:Omer Avital(b)
ダニエル・フリードマン:Daniel Freedman(ds,per)
ギラッド・ヘクセルマン:Gilad Hekselman(g)
2008年5月ニューヨーク録音