北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
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イラスト/田房永子
イラスト/田房永子

 作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。今回はアメリカで話題になったドラマ「チェルノブイリ」について。

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「ウソの代償とは? それは真実を見誤ることではない。本当に危険なのは、ウソを聞き過ぎて、真実を完全に見失うことだ。そうなれば私たちは真実を知ることを諦め、物語で妥協するしかない」

 今年5月からアメリカで放映され、今年一番の高い評価を受けたドラマ「チェルノブイリ」の冒頭の言葉だ。

 1986年4月26日未明に起きた人類史上最悪の原発事故。あの日、責任者たちは何を語り、どう動いたのか。翌日には避難を強いられ、永久に自宅に帰れなくなった約5万人のプリピャチ市民が見たものは何か。ドラマは実在の人物を描き、一刻一刻を刻むようにチェルノブイリ原発事故を追う。このドラマを「スリラー」と表している日本語サイトがあったが、目の前に約束されるのは死以外にない現実を描く作品は、確かにこれ以上ない恐怖ドラマだ。

 それでも、今のアメリカでチェルノブイリがテーマとして取り上げられ、数々の賞を受賞する作品となる背景には、現実社会への強烈な批判が隠されていることは一目瞭然だ。「真実を知ることを諦め、物語で妥協する」。それは、“真実”など語る者によって変わるのが当たり前というポストトゥルースなアメリカの今への危機感であり、そしてその危機は十分に今の日本が共有するものだろう。

「汚染水は完全にコントロールされています」「日本の夏は温暖です」。そんなウソでオリンピックを招致した日本。情報が与えられず、いつ電気が通るかわからないなか、停電のために人が死ぬ日本。首相に近しい人間が利益を不当に得ているように見えるのに、真実がどこにあるのかわからない社会。原発事故の汚染を語ることは公式的に許されない雰囲気で、前向きな物語だけを信じようとしている私たち。ここは社会主義時代のソ連よりもずっと、危うい状況なのかもしれない。

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