千葉県の南房総。鋸山を背にした8千坪超の敷地に、夫妻の家はある。門を入ると、巨大なお釈迦様と不動明王。その奥には日輪の馬車を引くという伝説のアポロンの像……。日本初のインド料理店「ナイルレストラン」オーナーのナイルさんと、妻の満子さん。何もかもが規格外の、波瀾万丈な夫婦の人生とは。
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夫:ここに来たのは23年前。初めは別荘を建てるつもりでした。最初は湘南がいいと思ったんだけどね。
妻:テレビでログハウスを見て、こういう別荘がいいね、って言ったのよ。
夫:そう! それでその日のうちに湘南まで、土地を探しに行った。
妻:ほぼ物件が決まったころに、千葉もいいよ、っていう人がいて。
夫:千葉にはいいイメージがなかったんですよ。工業地帯じゃないか、なんて。でも、見るだけ見ようと来てみてたら、まあ、すばらしいこと! それにやがてはアクアラインが通るのもわかってましたから、思い切って移住したんです。
おやじは昭和3年、インドから京都帝国大学へ留学してきたんです。その当時、世界にインドという国はなかった。英国領インド、植民地だったんです。
妻:お父さんは独立運動の活動家で。
夫:英国側から目をつけられて身が危ないと。そこで祖父が、おやじを留学させることにしたんですよ。
妻:昭和初期のインドですから、大変なことだったでしょうね。
夫:当時のインドから留学する人なんて、ほとんどいなかった。いてもオックスフォードかケンブリッジ。それじゃ、イギリスから逃げられない。日本を選んだのは、日露戦争で白人に勝った唯一のアジアの国だったからなんです。
――夫の父は日本でインド独立運動を続け、日本政府や軍部の要人ともつながりを持つ。やがて満州(当時)へ渡り、1934年、大連で開かれたアジア会議にも出席。その後、縁あって日本女性と結婚。2人の男児(夫とその兄)をもうけた。
夫:僕も兄も日本生まれの日本育ち。戦後、父がやっていた翻訳や通訳の仕事もなくなった。そこで母が「私が家族を食べさせる」と、銀座に日本初のインドレストランを開いたんです。