妻:昭和24年。日本にまだスパイスらしいスパイスなんてなかったころね。
夫:カレーの中にベイリーフ(ローリエ)が入ってると、お客さんから「おい、ごみが入ってるぞ!」って言われたらしい。
妻:お母さん、お店が繁盛するようになったら、さっさとお父さんに経営を引き継いだのよね。
夫:そこがすごいところだよね。女が前に出ちゃだめだって。時代だよね。でも「お父さんがカレー屋になるなんて知ってたら、結婚しなかった。革命の闘士だから一緒になったのに」って、よく笑ってたよ。
妻:お母さん、カレーは誰に習ったの?
夫:二人が満州で所帯を持ったとき、近くにインド人のご夫婦がいたんだよ。
妻:その話、私も聞いたわ。お義父さんたちはすごくかわいがられたって。
夫:そこの奥さんがインド料理を教えてくださった。おふくろのレシピは、今もメニューに生きてますよ。
――出会いは10代。若者が集う、趣味のサークルだった。見るからに外国人の夫に、妻は英会話を教えてほしいと頼んだのだが……。
妻:それが間違いの始まりよ! おかげで私の英語アレルギーはひどくなった。ひどい英語なんだもの。
夫:だって、英語を使う生活なんてしてなかったもの。それでもちゃんと通じるんだからいいじゃない。
妻:この通り、社交的な人ですからね。コミュニケーション能力は高いから、どうにか通じちゃう。あなたのは英語力じゃないのよ。
夫:初めて(妻に)会ったときは、驚きましたね。こんなにかわいい人がこの世にはいるもんなのかと。
妻:大げさな。それより、覚えてる? 私があなたに、ピザをごちそうしたの。
夫:そうだ! そうだった! 新宿だったっけ。
妻:「チボリ」っていう、おしゃれなお店でした。当時ピザを出すところなんてほとんどなくて。
夫:お返しにすき焼きをごちそうしたよね。浅草の「ちんや」のお座敷だった。
妻:今思うと、10代のするデートじゃないわね(笑)。だいたい、この人の家がすごかったんですよ。文京区の白山で。