7月19日に発表された第157回芥川賞の選考会で、受賞作の沼田真佑さん「影裏」と最後まで競り合ったのが、今村夏子さんの「星の子」(朝日新聞出版)だった。寡作ながら、作品を発表するたびに文学好きの間で話題を呼ぶ新進作家の人となりに、取材を続ける朝日新聞大阪本社の文芸担当記者・野波健祐氏が迫った。
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太宰治賞、三島由紀夫賞に河合隼雄物語賞。2度目の候補となった芥川賞こそ、「大激論の末に」(選考委員の高樹のぶ子さん)、惜しくも逃したものの、今村夏子さんはすでにこれだけの文学賞を射止めている。2011年のデビュー以来、両手で足りる本数の短編しか書いていないのに。
彼女の小説を初めて読んだのは、デビュー短編「こちらあみ子」を収めた同名単行本が三島賞候補になったときだった。少々風変わりな女の子が主人公。いわゆる「空気が読めない」子で、学校でも近所でも、眉をひそめられる行動を繰り返す。彼女と、彼女を取り巻く狭い社会のおはなしなのだが、それゆえに読み手によって様々な読み方ができる。加えて、「不穏な何か」を感じさせながら進む物語運びのうまさは、新人ばなれしていた。当然のように三島賞を受けたのだが、それからしばらくは新作が出るわけでもなく、正直なところ、存在を忘れていた。
昨年、2年ぶりに書いたという「あひる」が初めての芥川賞候補になった。福岡で創刊されたばかりの文芸誌「たべるのがおそい」への掲載作品。近年、地方発の雑誌から候補作が出るのは珍しい。「ああ、あの人か」くらいの、軽い気持ちで読んでみた。
すごかった。400字詰め原稿用紙56枚の小品。それゆえにか切れ味抜群で、短編の見本のようだった。アヒルの「のりたま」を飼うことになった一家の日常を、その家の娘の視点で描いたおはなし。まだ孫のいない老夫婦の家に、近所の子供たちが頻繁に出入りするようになる。喜ぶ老夫婦だったが、ひと月も経ないうちに、ストレスのせいかアヒルが体調を崩してしまい……。